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銀座風景


 こゝは華麗な大通(ブールヴァル)である。その名は銀座! もとこの大通は新橋から京橋に流れる一本の街路であつた。 今はその中央の尾張町に交叉する数寄屋橋から築地に至る大通りが広くされ、 美はしくなつたので、銀座にプロフィールのよさが加へられたといふものだ。
 元々華麗な大通であつた。それが復興と共に著るしく近代明色を増して来た。 百貨店の進出がそれで、バア、カフエーの殖えたのもそれ、夜にもなれば ネオン・ライトの五彩の色が鮮麗にかゞやいて、全く大都会の夜らしい情景を描き出す。
 街路の舗装もます/\整備されて行く。ゴウ・ストツプのサインも、 横断道路にも鋲の頭のやうな金具の円点で劃ぎられた。
 銀座の特色は舗石道の行人にヴァラエチーのあることだ。 そこにはあらゆる点で国際的融解の色が濃くなつて行く。 人種に、服装に、流行に、つまり現代のいろいろが動くのである。 思ひ切つた近代婦人の人もなげな服装も、シツクな青年も、 文士も、画家も、新聞記者も、学生も、労働服も、コムミユニストも、 アナキストも、ブルジヨア有閑夫人も、老紳士も、外人も、その他等、々、々、 それは多彩的な色合いを示して舗石道を行く。
 さて、十二月。
 たゞさへ貧弱な栄養不良な行路樹はすつかり葉を落して、そこに木があることさへ認められない。 黒い帽子と黒い服、それがくつきりと色の白い明眸の女に似合ふ。 その白い顔にルウヂユの鮮紅なのが目立つ。その顔に夕陽の残光が反映してゐた。 スマートな歩き振りである。彼女の歩幅は七六.八サンチ、歩数は一分間に約三十四歩である。 水馬が水面を行くやうに、彼女は舗道を軽快に行くのである。
 空気は冷たいが、しかしネオン・ライトは冬の夜がかゞやかしい。 それにクリスマス・デコレーシヨン、歳暮売り出しの装飾が加へられるので、 銀座の十二月は色調のジヤツズを呈する。窓の外には黒の外套、シヨールの艶色、 毛皮の襟巻、若い女の柿色のコート、飾窓にはサンタアクロースとクリスマスツリー。 頭の上には旗と広告の看板、電飾は増す。 歳暮売り出しのビラは行人の足下に落花の如く撒き散らされる。 それを師走の風が巻いて走る。救世軍の士官は社会鍋の前で声を嗄らして風に叫んでゐる。
 行人の歩調の早いのはさむいから許りではない。師走の月が 心持を何とはなしに急ぎ立てるのかも知れない。
 さむい夜の空気を精一杯に明るく染めたバア、キヤフエーには 賑やかな叫喚と騒音とが洩れてくる。ボーナスで彼女に贈るプレゼントを 空想の出来ない今年の十二月には、会社員たちも或は自暴に強烈な酒を呷らないとも限らない。 クリスマス、お正月の準備品をうる夜店が舗道の両側に並んで年は暮れる。
 十二月の銀座は華麗な混乱である。

(尖端社「街の抛物線」)


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