12345&一周年。



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【タイトル】 12345ひっつ。
【登 録 名】  JUN_79.LZH (12345HIT.MAG/JUN79.DOC)
【制作者名】 [JUN]
【掲載月日】  97/12/07
【制作環境】 マシン:PC-9821V10 スキャナ:GT-5000WINP ツール:MPS1.02
【動作環境】 MAG観賞可能環境なら。
【再 転 載】  御自由にどうぞ。連絡無用。連絡してくれたらウレシイですが。
【苦情宛先】 ドキュメント末のID或いはEm:tamajun■gmail.com(■をアットマークに読み替えてください) へ。
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コンバンワ。[JUN]です。

散り果てた銀杏並木の下、顎に手を当てて
「人生・・・」と呟く((c)竹中直人)今日この頃、
皆様如何お過ごしでしょうか。

昨年の今頃は、図書館の奥で、黴臭い戦前雑誌の山に埋もれて毎日毎日
新居格とモダン文学の事ばっかり考えてたな・・とか思い出します。
あれからもう一年が過ぎているとは。

今年に入って読んだ本は数える程。
然もその殆どは4月以前だというのだから笑ってしまう。
本なんて読まなきゃ読まないで生きては行ける訳で。
別に不具合は無い・・・・
虚構が無くても生きては行ける。

一年前、1996年の秋よりも1920年代の秋の方が
よりリアルだった・・でも、それは、それだけの事。
その様な「感想」は「一銭にもならない。」

時間をお金に換える様な毎日
気がつくと、全てを「儲かる/儲からない」で
判断しています。最近。

嘗て最も嫌悪した存在に、いとも簡単に・・・・


高潔でありたい、と思う訳で。
自分にとっての高潔さを保っていたい、
でも、「そうありたい自分」と、今の自分のギャップは大きくなる一方。
その差を縮め、現実を現実として受け入れられる様になる、のも
「理想」の一つなのだけれど・・・

自分の周りにめぐらせた嘘の皮膜が厚過ぎて、
ゲンジツとの接点がどんどん小さくなっていく。
終わりは近い。・・・終われるのならば、だけど。
自己崩壊すら出来ない弱さよ。
「許されて生きる」事などもう出来はしないのだ、という声が邪魔をする。
許されて、死ぬしかないか。って尾崎放哉か。エリートなら兎も角。


・・・「やりたいこと」は有るですよ。
現実的なものも(多くは非現実的という訳か)含め、
やりたいことは、沢山ある。
行ってみたい場所、読んでみたい本、見てみたい映画、逢って話したい旧友・・
特に旅行には、今更ながらに強く惹かれてます。国内旅行を望む者。
「たび」がしたい。・・・・「それ」らしいのは、
今年2月の東京行き以来全くしていない。

「何故僕は−」という自問の日々。答えは出ない。
答えが出るほど深く考えることも無いというのが実際で。
何故逃げないのか、何故毎日毎日、一体「誰のために」こうしているのか。
僕自身の為、というなら一刻も早く逃げ出していてもおかしくない。
守るものなど何もない・・

金の為?

結局「世間体という名の神」を信仰している故なのかしら。

・・・違うなぁ。
「何故かは知らないけれど」、逃げられないんだ。
所詮、弱いニンゲン・・・。

最近、深夜まで働いていると、帰宅して一人になっても
完全にはナチュラルな状態に戻れない。
土日が休めた場合の、日曜の夜、漸く
「はっ、自分は今まで何をしていたのだ」的に
我に返る事が出来る。
だが残されたのは2〜3時間。
何も出来はしない。


車の中で聴くムーンライダースだけが、今や救いだ。
新しくCDを買わなくなって久しい。
買おうにも、新しいCDに対する知識が丸で無いのだが
こうやって段々「遠くなって行く」のだろう。

一体僕は何処まで「僕」で居られるのか知ら。

「傷つく事を恐れる」のではなく、
傷つく事によって、自分が臆病になって行くのを恐れる。
ゲンジツのキビシサ、にかこつけた無気力−
になっていく事を、恐れる。

嘗ての自分には、何かしらの「自発的」勢いが有ったのではないか・・・
ああ、でもそれもまた「嘘」かも知れない。
自分を「許す」為に作り上げた過去の虚像かも。

でも、あの頃確かに感じていた、世界が自分を中心に回っている、
という錯覚を、今もう一度とりもどしたい。
無知の故だろうが、それでも、自分は社会にとっての
「何か」であり、必要とされているのだと信じていた。
・・或いはもうそれも虚しい虚像であったことを認める時期なのか。
「謙虚にゲンジツを受け止める」べきなのでは、あろう。

今、他人の顔色をうかがい、頭を下げ続け、びくびくしながら
毎日深夜まで実のあるのか無いのか良く解らない仕事をしていると
「何処で間違ってしまったのだろう?」という気がしてくる。
だが多分、「間違ってしまった」と思う程に
自分のゲンジツとの乖離は進んで行くのだ。
それをさえ認めてしまえば、今の自分を肯定してしまえば・・・


って
そんな自己啓発セミナーみたいな事、
(簡単には)出来る訳無いじゃないすか。
こんな、今の、冷静に見れば気が狂ってしまいそうな状況を
ゲンジツとして認めることなど出来よう筈もない。
慣れとは麻痺である。
もう、この狂ったゲンジツに、僕は慣れてしまったよ。
・・・・


・・・・何か思考が閉じた回廊をぐるぐる回っているのを感じる。

答えは、択一形式で既に示されているではないか。
実行するか否か・・・・。


本当に怖いのは、「実行」してしまった後に、
結局「自分には何も無い」事に気づくのでは、ということ・・・・・・・



何にしても、今の様に後ろ向きではね。
終えられやしない。


あー。
ではまた。



あ、絵の話も。

うちのHPがこないだ12345カウントを迎えました。
日記以外何にも更新してない割には結構・・・
って俺自分でカウンター回してるしな。
まー兎に角描くきっかけと言うことで。
その記念CGでした。

あと、この12/3でHPオープンから一周年だったんで、ついでに。

出来るだけグラデーションを使いたくなかったのですが
思わず使ってしまいました。
悪い癖です。

ではでは。

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