白炭屋カウンターへ

ura2001

(01/12)

 気が狂いそうだ。思考がループして加速して頭がパンパンになっている。 仕事してても、ふと気が付くと「俺って何でこんなにも駄目人間かー」思考に ハマリ込んでいたり。

・何でこんなに寂しいのかのう。脳内回路変な所に接続されちゃったかなー。 兎も角アニメが落ち着いて見られないのは辛い。アニメ見てると「あー、こんな 歳になってまで独り小汚い部屋の中で幼女向けアニメとか見てるよ……」みたいな 事を囁く奴が居てさー。右肩だか左肩だかの上に。どーなっちまったんだ自分。 小説読んでも漫画読んでも以下同文。逃げ場が無いって恐ろしいよな。逃避先が 何処にもない。酒以外は。リコール社に行って虚構記憶植え付けて貰いてえ。 「生きてるだけで世界を救ってる俺」みたいなアレを。

・怠惰なんだよなー。楽しむことに対して。努力無くして勝利無し、だ。甘えんな。 ボンヤリ下らない嘆きを書き連ねる暇があったらアニメ見ろアニメ。下らなくても 無理して見ろ。その内脳内配線が「元通り」になるさ……いや、でも、本当に? まだ、「いきなり自分のことを死ぬほど好きな女の子(複数)が押し掛けてくる」 アニメの主人公(15,6歳)に自分を重ねられるか?

・見たい舞台があれば仕事休んででも行けばいい。コミケに行きたきゃ飛行機でも 何でも使えばいい。知りたい事があるなら勉強すればいい。描きたい事があるなら 描けばいい。……それら全てが「面倒くさい」の一言の前に押し流される昨今。 他に何してる訳でもないのにさ。


(01/11)

・つまんないよね。確かに。アニメも見てない、本読んでない、恋愛もしてない ただの元ヲタオヤジの「仕事して帰ってきて寝る」日記が面白かろう訳がない。 やー、ホント今全く何もヤル気が無い。「生きる欲」をキック出来る「何か」を 探し求めて土日は本屋やゲーム屋やPC屋やCD屋を彷徨いてるけど、もうそういう 所には求めるモノは無いって確信もあってさ。今僕がやりたいのは例えば”同居人 とファミレスでキャラメルホットケーキを食べる”様な事、なんだよな。多分。 死ぬまでそんな瞬間には立ち会えない気もするけど。

・結局自己愛が強すぎる、ってアレさ。裏返せば他人に興味が無いって奴。 向こうからこっちに興味を持ってくる分にはつき合うけど、そうじゃないなら 一生会話を交わすことも無い。元々興味がないのだ。自分以外には。自分。自分 自分自分。オールスルーザデイアイミーマインアイミーマインアイミーマイン。 ウマが合う人間としか話さない、のですらない、向こうが合わせてくれる様な 人間としか話そうとしない。このWebサイトなんか典型だよな。自分の部屋に 閉じこもって、誰に向けてでも無い「俺」話を垂れ流して、誰かが「引っかかる」 のを、じっと待っている。待ってるのな。寂しいから。バカじゃないか?


(01/11)

・久々に白い月を青空に見る。1/3位欠けていて、上弦の月だ。九日月、って やつか。

・もう今年もあと僅か。年末までの予定を半日かけて詰める。吐き気を覚えた。 これは、もう、文字通り。思い出すだけで本当に吐きそうだ。これだけをやらねば ならない、というそのプレッシャーで痩せるかも。痩せてえー。せめて。もう多分 来年4月頃までまともな生活は出来ないだろう。今日も22時回るまで仕事したけど、 何にも終わってないし。瞬時に「今辞表を書いたらどれだけ清々しい気分になれる だろう」とか思う。胃に穴が開くような思いで仕事したって、半年後には消える 運命のプロジェクト。慣れるしかないのか。或いはハッタリ力をつけるとか。 本気でやったら10人体制の仕事だよ。

・凹んでる時に限って知人から「職場にずーっと泊まり込みだったけど、半月ぶり に帰ってきたヨ!でもまた明日から泊まり込みだよ!」みたいな手紙が。弱音吐く 前に「何甘えとんねん」みたいなツッコミ牽制。いや然しみんな(特に東京方面軍) ホント良く働いてるよ。某氏のWeb日記なんか見たら2週間で残業120時間とか。 何がそこまでさせるのか。僕には何もない(強いて言うなら「今の生活を失う恐怖」 みたいな。失った所で大した生活じゃないのは解っちゃいるが)。そう言うことを ちょっと聞いてみたいけど。仕事が楽しいのか、或いは責任感、か。

・君はもっと色んな人とつき合わなきゃ駄目だヨ!と説教される。素面で出来る 話じゃないにしても、27歳にもなってこんな説教。でも、ホントにそう。ウマが 合わない人間と「上手く」やっていこうという努力を最初から放棄しがちな昨今。 一度外れた歯車をはめ直すのは「格好悪い」と感じてしまって。面倒な相手とは 会話も少なくなって。ガキだよなー自分。もっと痛い目を見なきゃ駄目だよ。 人波にもまれなきゃ。解っちゃ居るが。やっぱアレかなー、駅前とかで自分の 名前叫んでみたりするべきなのかなー。


(01/11)

 出るのはため息ばかりだ。ここんとこの自分は崩壊に向かって突っ走ってると しか思えない。突っ走ってはいないか、ずるずると滑り落ちていってるというか。 何か、おかしくなってる。もっと自分から動かないと駄目なんだろうな。ただ ToDoを処理するだけじゃなく。

・両手に抱えきれない仕事を引き受けてしまって、壊滅寸前。自分の力量を多めに 見積もりすぎた。こういう時の惨めさってないよな。ホントに。周りの評価を 得たいが為に頑張って仕事して、でも結局どれも不十分に終わって、評価を落とす。 良くあるパターンだ。自分を客観視する目を持たなくては。

・将来のことを考えると恐怖で身が竦む。いくら何でももうマズイだろう、この 俺の姿は。何なんだ一体。何でこんななんだ。自分のガキさ、人付き合い能力の 低さに怖気をふるう。「おたく」に逃げてきたけど、もう流石にねえ。

・血流の速いところに近づかないと、心臓には到達できない。自己に閉じこもって 鬱日記や下らない漫画モドキを発表し続けていても、何ほどの影響力も無い。


(01/10)

・偶然小学校時代の友人に遭遇して、その雰囲気の変わってなさぶりに驚愕。 お互い用事の途中だったんで挨拶しただけで分かれたけど、フム。先週も別の 小学校時代の友人から或る勧誘をうけてて、まあそれはおいといても、軽く10年は 会っていない人達との関係の「続き」を立て続けにやってしまって(先週は高校 時代の教師にも会ってるし)、なーんか、不思議な感じ。自分にも過去があったか、 とか。自分が小学生だった頃の事って、もう殆ど思い出せないんだけど、愉しい 時間を過ごした友人の顔は忘れないものだ。因みに今日会った彼は、昔崖登り (校区の中にちょっとした崖があって、ロッククライミング気分が味わえた)が 流行ってた頃、良く一緒に遊んだ仲間のうちの一人で、真っ先に上まで登ると、 徐に尻を見せて下から登ってくる奴を爆笑させて転げ落ちさせる必殺技を持って いた。その頃と全く変わってない、とか言うと本人は嫌がるだろうけど。向こうは こっちの事をどう思っているだろう、とか、ちょっと気になる。変わってないなー、 と言われるのも何だか癪だし、変わったねえ、と言われるのも寂しい気がする。


(01/10)

・人生は短い。やりたくないことを嫌々やっている時間は無い筈だ。

・毎日部屋と学校、或いは部屋と職場の往復。殆どコレ。自覚的にせよ無自覚に せよ、「それ」をただ漫然と繰り返して今日に至る。ロクサンサンで12年、プラス の4年、プラスの4年。20年以上コレやってる。あ、保育園2年と幼稚園1年は、まあ 知性が存在してなかった時代だから良いとして。何だかなぁ、と思わないでは ない。基本的に「所属した組織と自室との往復」人生。立ち止まって戦え、或いは 繰り返しの中にしか成長や到達は無い、という様な御託は、立ち止まったままの 人間には吐けない。一度は自分から繰り返しを破壊して、痛みの中から感じ取った 言葉でない限り。


(01/10)

・夢を見た。どこか田舎のアパートの一室に大勢で雑魚寝していて、朝になる。 気が付くと、一緒に寝ていた連中も三々五々と引き上げつつある。というのも、 入れ替わりに、今夜その部屋に泊まるであろう連中がどかどかと入ってきて いるのだ。自分は半ば追い出される様にして外に出る。入れ替わりに来た連中の 中に、久々に会うS君(最後に会った時は遊園地とかでヒーロー物のイベンターを やっていた)が居て、何か少し話し込んだり。外はいい天気で、時間は昼近い。 出かけようと玄関を出たところでしゃがんで靴紐を結びなおしていると、カン チョー(子供がよくやるアレ。ホントの浣腸じゃなくてさ)をされた。振り向く とS君が笑っている。なんか怒りより、懐かしくなってこっちも笑ってしまう (昔はこんなことよくしてた)。ぼんやりと階下に広がる住宅街の風景を見つめ ながら、漫画の話(マサルさんとか)とかして笑ったり。長閑な平日の昼間。


(01/10)

・夢を見た。夢の中で僕は犬を飼っていて、その犬が犬小屋とは違う場所に繋がれ ているのを見つける。どうも僕の知っている犬に比べると、妙に人なつっこいと いうか、しきりにじゃれついて来るので「コイツこんなに元気だったかなー」と 思って、ハタ、と気づく。そうだ、僕が飼っていたのは実は電気犬であり、最初に 2匹買って、データの同期を取りながら育てていたのだけど(フェイルセーフ)、 途中から面倒になって、片方をしまい込んだまま、一方の犬とここ数年を過ごして いたのだった。誰かがそのしまい込んでた犬を復活させて、こんな所に繋いだ らしい。だから、こんなにもまだ若々しいのだ。犬の若々しい、というかむしゃ ぶりつく様なじゃれっぷりに、僕は妙な新鮮さを覚えつつ、今まで飼い続けてきた、 犬小屋でボンヤリ寝ている老犬とデータの同期をとったものかどうか、悩んでいる。 データは首輪に挿入するメモリースティックだった。犬はAIBOか。 ふさふさしてたけど。


(01/10)

・夢を見た。大学時代の夢だ。最終コマが終わったあと、何となく話し込んで たら、そのまま友達の部屋になだれ込んでしまった。晩飯ご馳走になって、 飲んで、ごろごろして、寝て。目が醒めると昼で、部屋の主は出かけてて。汗と アセトアルデヒド臭い身体で、ぼんやり昼間の白っぽい青空を見上げる。ベランダ 越しに隣の家の庭先の植木鉢が見えた。そのベランダには奴の洗濯物が風に 揺れてた。そんなのをただ何も考えずにボンヤリと見て。以前にもこういう時間が 有った、と思った瞬間に、ああ、これは夢だ、と気付く。


(01/10/11)

 深夜、ガラガラに空いた道を南に走りながら、MDで小沢健二の「犬は吠えるが キャラバンは進む」を聴く。「終わらない毎日を生きろ」というあのシュプレヒ コールが生まれるずっと以前、「繰返しの毎日を生きて行くことに、意味がある、 のかもしれない」という、高い視点からの「気付きの瞬間」を「本当の言葉」で 歌った(と個人的に感じている)このアルバムが、未だに最高傑作だと思える 自分。……結局、僕は「ここ」止まりな訳。まだ暗闇から手を伸ばし始めた、と いう程度の所で止まっている。もう8年も。

・つまり、この次のアルバムである所の、「LIFE」(やその頃のシングル達)に よって語られた第二の気付き、つまり「恋愛によってボクと世界の関わり方はもう 一度爆発的に変化する」というあの痛快ウキウキラブラブハッピーな「気付き」 を、僕は体験し得なかった、ので。いや、出来る事なら体験したいとは思う。 今でも。オザケンの言う事は多分「本当のこと」だと思うんで。でもま、その辺は 努力無くして勝利無し。毎日マンガ読んでアニメ見てWeb巡回してるだけじゃあ、 ねえ。

・実際、悲惨な現実(27歳派遣社員薄給貯金無し彼女無し社交性無しアニオタデブ メガネ云々)からの「逃避」がこのWebサイトでありこの「語り」なんだけどさ。 暗闇から手を伸ばした積もりで、その実また暗闇に逆戻りしてるのかも。抑も 自分の拠って立つ所が虚構ではな。光はどっちだ。


(01/09/25)

 言うだけ番長な毎日。番長?せめて上を見て歩いていたいとは思う。ボンヤリと している時でも、空を見上げてボンヤリしてる様な人でいたい。僕はいつも俯いて ボンヤリしている。今年の春頃から、そういったボンヤリ感が続いている。毎日を 「やり過ごし」過ぎだとは自覚していた。頭の隅ではいつも「それ」があった。 でも、結局そうやってもう何ヶ月もただ「俯いてやり過ごして」しまった感じ。 仕事して、部屋に帰ってきて、PC立ち上げて、Web回って、後はテレビでお茶を 濁そー、とテレビを点けてしまう。自分は何者なのか。何がしたいのか。ただ毎日 子供向けアニメ番組を見ているだけの、27歳オヤジ。これといったスキルも無く、 知識も無く、力もない。田舎の薄暗く狭い部屋で昨日も明日もない日々をだた 「やり過ごして」いるだけ。気が遠くなる様な絶望感。自分で選んで至った場所 とは言え。ここが終点なのかなー。

・まー結局は思い上がりというかさ。未だに自分が「何者か」である様な気が してるから、こんな台詞も吐ける。自分が「その他大勢」の一人に過ぎない事が まだ見えないのか。冷静に自分の駄目男っぷりを客観視してみるべき。…… (視点変更中)……だめだあー。駄目すぎる。


(01/09/?)

 脈絡もなく、いきなり思い出す一連のシーン、というのがあって、今さっき 晩飯を作りながら、妹の引っ越しの手伝いに大阪に行ったときの事を思い出した。 こまごまとしたモノを買いに行ったホームセンターの、家具売り場の光景とか、 そのとき店内に流れていた曲とか、その日の天気とか、その買い物の帰りに 見かけた猫の模様とか。ああ妹はこれからここで僕の知らない生活を続けていくの だなあ、でも住みやすそうで良いとこだなぁ、みたいな事をボンヤリと考え ながら、坂の多い町をブラブラと歩いたのだ。5年前、数時間の記憶。今まで 思い出す事さえなかった。何でそんなの思い出したのかしらん、と思うけど。 ニンニクをオリーブオイルで炒めて、バジルソースを混ぜてから茹でた スパゲッティを放り込む。味のショボさは想像力で補え。ポルトガルワイン 美味し。


(01/09/?)

 それはあんた、アンタの思いこみでしょ、という様な「合理化案」を頭ごなしに 延々と語られて、イライラ。でも反論した所で、「私はそれで黒字を出してる。 それに比べて君らはどれだけ稼いでるのか?」。こっちはグウの音も出ない。 実績が伴ってないので、何を言っても説得力の欠片もない。それが自分でも感じ られて、何かどんどん悪循環に入っていく。あー駄目だ。俺は駄目だ。でも相手の 言う事が正しいとはとても認められない。って何頑なになってんだよ>自分。所詮 仕事だろう。或いは単に相手が「気にくわない奴」だから、って理由だけで反発 する事もないであろ。仕事は仕事。とは、言え。あー。結局金だよ。少なくとも 会社組織の中での人の価値は、金を儲けてるかどうか、でしか判断できない。 儲けが悪い部署は犯罪者集団と同義だ。働かざるモノ、ではなく、稼がざるモノ、 食うべからず。ま、所詮派遣社員の心配する事じゃないけどね。


(01/09/03)

 一瞬の気の緩みが今まで何年もかけて築き上げてきたささやかな自尊心を 打ち壊して行く。どうして僕はこうなんだ。いつもいつもいつもいつもいつも いつもいつもいつも。いつまでたっても。せめて人として真摯であれ。自分にも 他人にも嘘をつくな。バカでも正直であれ。不平の前にまず動け。目先の損得に 一喜一憂したって何にもならない。結局残るのは「ほんとうのこと」だけだ。 口先だけの人間に何の価値があろう。裏付けろ。自分を。

・つーかそんなにカンタンに壊れる自尊心なんてニセモノだよ。上っ面だよ。 他人の評価に依存して生きてるんだよ結局。自分で自分を評価する力なんて 最初から一つももってやしない。なんと哀れな生き物だ。


(01/08/09)

 語る事とて何も無し。自分のヌルイ生き様に吐き気を覚える。22時帰宅。菊正宗 を開けて生ハムと一緒に胃に流し込む作業に没頭。忙しい時程仕事がはかどる、と いうのは誰しも経験している事だと思うが、今はその逆の状態。密度の低い日々を 送っている。ヒマだ、というのではない。ただ、密度が低い。昔、日付が変わら ないと家に帰れなかった頃の方が、アニメもマンガも小説も見たり読んだり感想 書いたり出来た。あの頃に望んで戻ろうとは思わないにしても、自分で自分に加圧 出来る様にしないと、本当にこのままずるずると行ってしまう。いや、既に 「それでもいーじゃん、もう」とか思いがち。ヤバイ。明日の心配をするより 「今日を使い切ったか」を心配しろ。


(01/08/08)

 もうすぐSF大会。今年も大してSFを読まずに参加するこの厚顔さを恥じる。 初参加のDAICON6から既に8年。19だった僕も27だ。そろそろ老人達と同様に 「参加する事に意義がある」レベルに落ち込みつつあるのを感じながらも、 「まーそれでもいいじゃん。」とか思う老いた魂。老いを感じたら、立ち去る 勇気も必要かも知れない。


(01/08/07)

 深夜のスーパー。ウロウロと店内を回ったらバーベキュー用の網を売っていて、 網だけなら3〜500円で買えるんだなーと知る。バーベキューセット、って便利は 便利なんだけど、片付けるの面倒なん。洗って、乾かして、錆止め処理して。 網だけなら片付けの手間も省けるし・・・河原とかでやるなら、網だけの方が 良いかもなー、というか網だけでやってみてえ、と思うのだった。炭の方も木炭 買ってくるんじゃなくて、薪を燃やして、炭火になった所で網を載せる、という スタイル。って僕はバーベキューマニアか。寧ろ炭マニアか。マニアって程勉強 してないけど。愛読書は 岸本定吉「炭」、みたいな。


(01/08/02)

 語る事とて何も無し。ただため息を飲み込みつつ、昼の熱気の残る部屋に入り、 クーラーのスイッチとPCのスイッチを入れ、ビデオを巻き戻して今日の「フルバ」 を流しつつ服を着替え、冷蔵庫の缶ビールで一人酔い、暑中見舞いに返事を書き、 風呂に入り、ニュースサイトを巡り、日記を更新して25時頃眠る。絵も描かず 小説も読まず。そんな日々をもう何百日。


(01/07/末頃)

 SF大会行きのバスチケットを取ろうと思ったら全滅。青ざめる。大阪からの 高速バスを利用すれば・・・とかいろいろ考えたけど、途中から考えるのが面倒に なって飛行機に。往復54000円。バスなら18000円。行くの一年も前から決めてる のに、何でこうギリギリまで動かないのか。毎年毎年。もう8年目だろうに。 因みにSF大会で飛行機に乗るのは2回目。前は沖縄大会に行った。

・つーか昔草の根パソ通のオフに参加する為だけに飛行機で東京行った事があった ぞ。コミケとか何の関係も無いごく普通の時期に。あの頃は良くオフに出かけてた けど、パソ通での顔見知りとしか会話が出来なかった訳で、行動的な引き籠もり だったと言える。今は行動能力のない引き籠もりなので、どうしようもない。

・然しもうホントにSFなんて読んでないのに、参加費含めてn万近い金を出して まで行く「意義」が有るのかどうか。正直疑問だ。企画参加する訳でもなく、ただ ボンヤリと会議室の椅子に座って、いろんな人の話を聞くだけ・・・ただ、僕の 人生は惰性が基本なので。中高校生の頃「ああ、俺もいつかSF大会ってヤツに 行ってやる!」と言ってキックしたボールが、まだ転がってるだけなんだろう。 それを、敢えて止める理由もないか。他に転がってるボールは、数える程しか 無いんだから。

・惰性で転がり続けるのは簡単なのだ。キックするのと、止めるのとが難しい。 最近そういう事が多い。止めよう、と思っても、気が付くとだらだらと続けて しまっている。転がり続けている間、新たな出会いは無い。別方向に向かって キックするチャンスも見逃しがち。継続は力、と思い込んでるけど、視点を 変える軽快さこそ必要だ。一日一日の積み重ね、なんてクソ食らえ。その 瞬間瞬間で爆発しなきゃ。今できる事の最善を求めて。「明日があるさ」なんて 言ってると、そのまま終わる。そのまま終わってしまうんだ。


(01/07/17)

 午後落雷。市内停電。

・先の失敗を未解決のまま放置中。初動ミスが後々まで全てを台無しにしていく。 それでも巧遅より拙速を、だとは思うぜ。やらないで後悔するか、やって後悔 するか(どっちにしても後悔するのか)。気分を変えようと帰りにCD屋に寄って、 某A.O.R.キングのベスト盤買ったら欲しい曲が入って無かったり。へぼん。 あとPPGの主題歌も遅ればせながら買いました。歌詞が濃いわー。あとAiMたんの CDSは多すぎると思った。シングル集なアルバム出ないかなー。

・三木道三については何か言う前に忘れて行きそうなので何も言えない感じ。 結局、ラブソングでは泣けないん。「俺が俺が」の生き物だから。昔のD-ashで 泣くのも、フリッパーズで泣くのも、オザケンが一枚目しか評価できないのも、 同じ事。恋をしているときは、滅茶苦茶ツボにはまってた曲も、忘れてしまえば ありふれたつまんない曲だ。「誰も作詞者の気持ちで泣いたりしない、歌詞に 自分の物語を乗せて泣くのだ」という訳で。つまり今全く恋とは無縁なのさ。

・ふと思い立ってFF7を再開。ユフィとエンカウントしたけど逃げられた。この後 どうしたら良いのか。ウータイも歩き倒したし・・・イベントが起こらないと 何をしていいか分からないヨ。

THE TYPING OF THE DEAD US Editionのデモ版を落として遊んでみたりとか。 先日交換したビデオカードの力を漸く感じてみる。さくさく動くゼ。後載せサクサク じゃあ。

・妹の要請で書庫から昔の「アニメだいすき!」のビデオを掘り返す。そのまま 「緑山」を見てしまったり。またアニ大再開しないかなあ。あの濃い解説付きで。 あれ以降また世に知られてない名作傑作が結構溜まってると思うんだ。

・とか、27時頃までいろいろやってしまう。何か、やっぱ「夏休み」なんよ。 何か、こう、気分が。身体が「あの頃の生き方」を覚えてて、勝手にそのモードに 移行していく感じ。要するに宵っ張りになりそうでヤバイよ!という。


(01/07/前半)

 業務の合間を見て進めてきたプロジェクトが棚上げに。ここ1月程それに 脳リソースが結構割かれてたんで、落胆するかと思いきや、かなり気分が楽に。 基本的に仕事に対して全く情熱が無いよな>自分。そんな折りも折り、某アニメ 演出家からFAXが届く。曰く、ここんとこずっとスタジオに泊まり込みだった、 3日徹夜で漸く○○の○話が完成、でもそのまま○話に突入中。それはそれとして 夏コミ受かってるから何か出すかも云々。この人は一体何を糧にしてそんな生活を 続けられるのか。結局「好きだから」と言う事か。アニメの仕事でくたくたになる まで働いて、週に何度か部屋に帰ってきては録りためた特撮とアニメ見て心を癒す 様な生活(らしい)。でもその本人を見てると、無茶苦茶充実してる感じ。輝き ビカビカ感じるボ!という。好きな事を仕事に、っていうのが物凄くプラスに 働いてる。こういう人がつまりは「クリエイター」なのだろう。勿論苦労は 有ろうが、「ただ夢に向かって進んで居る」という明瞭なその生き様に、痛みに 近い羨望を感じる。「絵が巧くなるには、絵を仕事にするのが一番」という 格言もある。一体僕は・・・


(01/07/前半)

 プロジェクトのFixが数件重なっていて、一日脳が疑似マルチタスク。次のキック オフがあって、その間に某社からの運用例の講義を受けたりして、明日の環境 再構成の準備もして、本来の仕事が全然進まないのが辛い。

・その場その場でベストを尽くせ。体力気力が衰えた頃に「あーあの頃オレは 結構やってたなー」と思える様に。


6/14

押しつぶされない様に生きている。でも押しつぶされそうなんだ最近。今日も つまらない知ったかぶりに過剰反応してみたり、自分が知ったかぶりをしている 事を突っ込まれて矢っ張り逆ギレしたり。全く余裕無い。体重増えてるし。酒量も 増えてるし。体脂肪率は23%超えてるし。22時過ぎの晩飯にコンビニのホット ドッグ二本とビールとウヰスキー。弱った頭で「ああせめて絵を描こうせめて 知識を増やそうそれしか無い。本を読んで絵を描くのだ。誰に認められようが認め られまいが結局自分にはそれしか無いのだから」などとブツブツ呟きうめく。 後は何処で諦めをつけてこの世と縁を切るかという事だけだな。

・自分が「変わる」なんてのは幻想に過ぎない。過去に対して責任を取らないで 「今日と違う明日」が生きられると思うな。


6月某日

・あーまた金を費ってしまったヨ。一度財布のヒモが弛むとホントに駄目。 この週末も飲みの予定で、それを入れると今月4回飲み会やってる事に。偶々 とはいえ、浪費し過ぎ。お金もそうだけど、時間の浪費も控えたい。週末に やるべき仕事が何も出来てない。今年ももう半分以上終わったというのに。 読まねば書かねば描かねば・・・・等と焦ってみたところでまあ所詮は約束の ない日々ではあるけど。本を読む事も、その感想を書く事も、また落描きを 描く事も、自己満足止まり。言ってしまえば壁に向かって語り続ける「独り言」。 そう言う自閉的行為こそを「自分の本当の仕事」の様に思い込んで、現実に触れる 事無く老いていく・・・のがそんなに嫌ならなんとかしろよ>自分。


6月某日

・過去を振り返りあり得なかった未来についてああだこうだ言う醜さを承知の上で、 どうしても。結局自分の知っている(と思われる)職業に就きたい、と子供は思う。 元々、なりたかったのは「漫画家」だった。だが、自分には「お話」を作る才能が 欠けている事に気付いたか、小学生の卒業文集で、将来の夢を「アニメーターか プログラマー」と語っている。中学生の頃に「教師になりたい」と思い、高校生の 頃に「編集者になりたい」と思う。大学生の頃も「なんとかして”業界”に入れ ないものか」と悶々としたが書類選考ではねられた。でもそれは、夢というよりは 「職業としてどういうものか知っている」から憧れられるのであって。子供の 目に見えないところで殆どの大人は働いているのだ。いや、そんな話じゃなかった。 つまり、ボクが「大人になったら何になる」という問いに初めて明確に職業名で 答えられたのが「アニメーター」だったのだ。そのとき、頭には森山ゆうじが 描く、狭く暑く汗くさいスタジオで寝泊まりするアニメーター達の姿があった。 机の下から伸びるトランクス一丁のスネ毛だらけの足(ガニ股)に、ああ俺も ああいうのをやって見たい、アレこそが男の仕事だ、と真剣に思ったのだ。当時の アニメーター達は本当に若くて、エネルギッシュで、向こう見ずに見えた。 他の「大人」とは全然違う生き様に見えた。真剣に、憧れたのだ。

・結局僕は毎日ネクタイを締め夏でも上着を持って出勤している。徹夜続きで 椅子寝り、なんてのも何度か経験したけど、アレは仕事を愛していない限り 最悪の経験だ。僕がやりたかったのは「バカ騒ぎしながらの仕事」であり、そして そんなものは「こっち側」の世界には存在しないのだ、と気が付いた頃にはもう 20代も後半だったということ。


6月某日

・最近シンプルなhtml使っていながらセンス溢れるページ、に結構出会う。良い なぁ、僕もこういうのにしたいなあ、とは思うんだけど、でもセンスが無いから どうやってあの格好良さに近づけたらいいのかサッパリ。ソースのコピーじゃ 意味が無いし(結果的に似た画面であっても、自分で辿り着かないといつまでも 違和感があるヨ)、うーん。いや、そんで、その丁寧でイカス画面を作っている 連中ってのが、(偶々かも知れないけど)みんな15,6歳だったりするん。でも 文章もシンプルにまとまってて(その年代特有の現実に対する真摯な視線と、 自分の感覚を中心に語れるイイ意味での”自己中”具合が良いバランス)、掲示板 での対応とかもしっかりしてて、絵はとんでもなく巧くて・・・という。そういう サイトを10個程巡った後、自分のサイトを見て何となくガクリと。あー俺って何、 俺のこの薄汚れたWebサイトは何、みたいな気分に。掲示板での応対も泥臭いし (スイマセンホントに。何か気の利いた返しが出来れば良いんですが)やっぱ まだまだ上を目指して成長(?)せねば、と思うだけは思う。


5/26

ちょっと背伸びしたらアッという間に仕事が流れ込んだ。うわすいませんやっぱ 無理ッス、と直ぐにネを上げるのも癪なんだけど、連絡/調整能力が欠如している 人間には最も不向きな立場に。プロジェクトそのものを沈めかねん。自分の権利を 守りつつ、他人に如何に面倒な仕事を押しつけるか、というのは確かに会社人と して持つべきスキルだとは思うんだけど、あー、いや、拙者にはそのスキルが 無いワーと実感中。てゆーかいつまで「会社」で仕事してる積りなのか。最初は 大学卒業しちゃったから、どこか行き先を、と思ってバイト気分で入ったのよ。 実際最初はバイトみたいだった(36協定なんか存在しない、労働基準法の外に居た という意味で)けど、流石に5年目に突入しちゃうとさ。安定、とか計算、とか しがらみ・・とか。毎日21-22時頃まで仕事して、飯食って、帰って、酒飲んで 寝て、朝は6時半に起きて、いつ見るか分からないビデオのタイマーセットして、 車を出せば渋滞に巻き込まれて。その繰り返し。勿論それは誰の所為でもなく自分 で「選んだ」道だ。恨むなら自分を恨め。5年前に戻って自分を殺せ。今みたいな レベルで「安定」してしまう事のみを恐れよ。

明日の行く先を僕らは考えて、でも今も適当に楽しんで、出来ればうまくやって 美味しい思いもしたい。そうしてその内忘れてしまう。忘れちゃいけない事まで。 一体そうやって毎日を生きていて、その先「何処」へ行こうというのか。成程 斉藤和義の言う事は尤もだ。尤もだからこそ・・・


(01/05/17)

・お絵かきチャットに潜り込んでこっそり鑑賞。物凄い質の絵が描きあげ られては、サクリと消されていく。刺激を受ける、というよりは己の画力の 無さに落胆を感じるのみ。あー何やってんだろな俺。文章も駄目、絵も駄目、 仕事も駄目、人間関係も希薄、思いつきでボンヤリいろんな事に手を出しては 浅いまま終わっていく・・・それにしてもあのカツカレー絵は無茶苦茶美味そう だった・・・カレー、最近食ってねえなあ・・・ココイチでチーズカレー・・・ この際ボンカレーでも・・・そういや冷やしカレーってどうなったんだ? ・・・大塚会長納税額ダントツだったなあ・・・あ、今朝のシスプリ見ないと (こういう散漫思考しか出来ないので「思い詰める」事さえ出来ない。ので 永遠に前へ進めない)。


(01/05)

・後輩社員と飲んでいて、もういつ赤ん坊が生まれるか解らないからあんまり 飲めないんスよ、いざとなったら飛んで帰らないと、とか言われて、あーそうかー、 とか。僕も大概頼りない人間だが、その僕から見てもコイツってどうなんだ、と 思っていた奴なのに、最近どんどんしっかりしてきている。目に見えて「男」に なってきた感じがする。あんなにオドオドしていた奴なのに、今の奴は自信 満々に見える。あー、そういうもんなのかなー、と他人事の様に思いながら、 「あんた、何もかもあいつに負けてるぜ」と左肩の天使が囁くのをビールの泡 と一緒に飲み下す。僕は僕、だ。


(01/05)

・自殺した女子高生の遺した言葉、 「死ぬ理由もないけど生きている理由もない。しいて言えば疲れた」とは 余りにも正直すぎる。そうだ生きている意味なんて何一つ無い。そこから目を 逸らす為に人は金儲けに熱中したり、「やりがい」のある仕事にハマったり、 子供を育てたり、アイドルに夢中になったりしている。自分の「死」をそういった ものの上に棚上げして、何とか生きているのだ。だが、ふと足下に闇が口を開ける ときもある。ここでさくっと死んでしまうのが、まあ現代風と言えば現代風か。 取りあえず飛ぶ前にぐるぐる悩んでみる事だ。考え疲れた頃にまた次の仮託対象が 出てくるさ。所詮全ては思いこみと勘違いに過ぎない。シスター四方木田曰く 「生きる意味か・・・意味は不明だ!古今東西の哲人たちが 考え続けてきたことだがいまだにコレといった決定打はない!」 彼女たちの冥福を祈るが、多分それさえも自己満足で彼女たちには届かない。


(01/05)

・ToDoが何にも処理できねー。夏休みはとっくに終わってるのに、提出期限が ないからいつまでも。そういう感じ。因みに夏休みの宿題は間に合わなくて 投げ出す方でした。ポスターとかは何日もかけて描いたけど、全部漫画絵 (パクリ)だったので評価された事は無かった。教えて著作権。防災ポスター に究極超人あ〜るとかさ。でもその後違法電波防止ポスターの全国最優秀作 (だったと思う)があ〜るの鰯水だった(ちゃんとマルシーとってた)ので 路線は間違って無かったのかもしれない。何の話だ。昔から駄目なおたく絵 野郎だったと言う話。こう見えてもエルフ耳とか描いて「いちおーオリキャラ」 とか書いてた時代を経てる。その手の痛さ自慢カードは余る程。つーか今でも イタイ奴だけどな。


(01/05)

・日本社会での絶対基準は結局の所カネだ、と思う。カネの為に生きている。 金持ちが尊敬される。結局は。豊かさの尺度はそこにしかない。金払いの イイ奴が尊敬される。ケチは蔑まれる。・・・そして僕は金持ちではない、 というこの事実。明日の飯を心配する程の貧乏じゃないけど、金持ちじゃない。 コンビニの募金箱に一円玉を入れる位が関の山だ。いや、今日そういうのを 実感したのでね・・・ケチでごめんなさい。


(01/04)

・割と失敗気味の毎日。あんた常からちゃんとしとらんからほんなんなんじょ、 とか云われて鬱なん。ほんなん云われてもなー。「毎日の積み重ね」や云うやつ、 ほんなん出来とったら今頃こんなことしとれへんわ。「いつまでやっとん」とか 今更云うな。始めっから逃げ腰で生きてきたんじゃ。阿波弁は変換効率が悪い (ATOKなのに)ので止めます。実際「ちゃんとしてない」毎日だよ。仕事にかこ つけて「帰ってきたら寝る」生活をもう4年。最近自分のヌルイ生き様が許せない、 ってな感情がわかなくなってるしさ。帰ってきてテレビ見て酒飲んで寝るのが あんまし苦痛じゃないっつーか(勿論やりたくてやってるんじゃないのよ。能動的 な楽しみ方じゃなくて、ただぼんやりとしてたら斯う云う生き方に)。このまま 死んでもイーヤ、っつーか。どうせ俺はここ止まりだよ、あとは落ちていく だけだ、という諦観?ホントの意味で駄目モード。駄目で有ることを「それでよし」 とかさ。駄目は駄目なんだよもっと上を見ろよ。上を向いて歩こー。と文字列で 語っては見るけど、ああ。

・何がしたいのか。何が出来るのか。少ない時間をどう割り振るか。少ない貯金を どう人生に分配するか。そういうことばかり考えて、「作業」が出来ない。キーを 叩かなければ文章は生成できないし、活字を追わなきゃ読書は出来ない。下絵を 描いてペン入れして消しゴムかけてスキャナで取り込んでペインたーで色塗らないと 落書きはUP出来ない。でも、そうやって「作業」の結果をWebに投げ出して、一体 僕は何を得ているのか。自己満足か?それさえも無い。反応無いもんね。ウケて無い。 ウケを狙えないんだから仕方ないか。昔からそうだよ。はー。才能もセンスも無い 癖に努力を厭う。計画を立てる力も無ければ立てた計画を遂行する能力もない。 駄目過ぎる。鬱鬱。


(01/04/29)

・妹の初任給手取額聞いた。何か今の(残業しまくりの)僕のんに匹敵しとんやけど。 就職してもう5年目やけど、考えたら昇給や一回も無かったしなー。5年前ですら 「安いよなー」思てたけど、最初の一年以降他人と給料比較するんて(恐ーて) あんませなんだしな。久々に愕然としたわ。貯金無いし、スキル無いから いつ首切られるやわからんし、不安。やっぱ、金が有るんと無いんとやったら 「その後の不安」の大きさが違うわ。金は有っても困らない、と。ちっと貯めよ。 あー、みんなもお金ちゃんと呉れる所に就職せなあかんで。ほんまに。


(01/04/14)

侍魂考察。 結局、昔この路線でもっと面白い奴がごまんと居たのを知っているから 笑えない。でもそれを言ってしまうのは、つまり年寄りであるのを認める事 なので、なかなか言い出せない。センスの問題ではなく、既知かどうか、 が笑えるかどうかを決めているレベル。新人の作品を「ああコレは●●ね」 とか「ありがち」とか云ってしまう方が可哀想な老人なのであって、だから アレを「笑い死ぬ」「スバラシイ」等と云う連中を誰もバカには出来ない。 嘗て自分たちが「コイツ面白ぇ〜!!」と云ったときにも、同じように哀しい 目をした人達が居たのを覚えているだろう。歴史は繰り返す。今この世で 云われてるネタの殆どは嘗て云われた事で、だから「ありとあらゆる言葉を 知って何も言えなくなる」瞬間が誰にでも来る。侍魂にちゃんと笑えていた あなたにも、だ。

・と、まだ言及してしまうあたりに若さが残っているというか。


(01/04/13)

 ちょっと重たい気分。なんか仕事でまたいろいろとさ。いろいろ面倒で。 つーか部下の失敗を上司がぺこぺこ謝るのってどうよ。部下に謝らせるなら 別に良いけど。部下が可哀想。大した事でもないのに殊更に 「すいませーんすいませーん」って。なんかそんなことで今までのタメな 感じの仕事しやすい関係が潰れてしまいそうで辛い。


(01/04/04)

・虚構に身を浸していると、時間の流れを忘れてしまう。アニメまんがSF! とか、精々17〜8歳まで向けの情報に拘泥し続けて、しかしもう20代も後半。 いや何、また知り合い(濃爆ギャルゲーヲタ)が結婚してさ。なんか彼女が 居るらしー、と感じては居たけど、お互いオタ話しかしない仲だったから、 そんな話も出なくて。でも奴はその裏で(いや裏って事はないけど)ちゃんと 「やることはやっていた」訳でさ。それにひきかえ俺ァ・・・と、まあ、 いつもの奴をひとくさり。先日も飲み屋で拙者と同じ位の歳の夫婦が二組、 子供の話で盛り上がっていて、「また女の子でさー、もう”付いてないか”って 何回も確認しちゃったヨー」とか。あー彼等は俺とは違う時間を生きてるよなー とかしみじみと思ったりな。何やってんの俺。

物心ついてから、ずっと「勝ち負けで云うところの負け」を選択し続けている 気がする。「自分」の立ち位置を確認して、目標に向かって軌道修正する、という 行為を怠り、時間切れギリギリになって、勢いで「俺はこの扉を選ぶぜ!」とか そういう選択だけでやってきてしまったのが最大の敗因と言える。本能だけで なんとかやれる時代は疾く過ぎ去りし。戦略無くして勝利無し。戦略の無い人生は 即ち時間をドブに捨てながら生きている様なもの。とまあそんな風な同じ嘆きを 何度も(何年も)繰り返すみっともなさ。解決法も分かっていて、無いのはただ 今日と違う明日を迎える勇気だけだ。実にこれが就職してから5回目の春。 いったいこの4年を僕はどう過ごしたろう。だって4年だぜ!?とても信じられ ない。ただ毎日を淡々と過ごしただけで4年間。こうやってあっという間に歳を 取っていくのだろうか。こんなにも毎日が猛スピードで過ぎていってしまうなんて、 予定には無かったよ。せめてこの「何もない」毎日に慣れてしまえば、どうという 事も無いのかもしれないけど。

結局未来に望みを託して「今」の自分から目を反らしているだけ。いつか見てろ、 と思いながら何もしない。「いつか」を抱えていることで免罪符を持った積もりで いる。そんなことにはお構いなしに、全人の上に時間は平等に流れる訳で。 もうすぐ27歳になる俺に「いつか」なんてあると思える?少なくとも17,8歳の 頃の自分が今の姿を見たら「コイツバカなんじゃねえの?そんなの有るわけ無い じゃん」と思うだろう。・・・じゃあどうすればいいんだよ。生き方を変える なんて簡単にいくかよ。でも一生このままってのもなあ・・・わかつきの云う 「このままであり続けるなんてあり得ない」事への期待と言うかさ。今の仕事 始めた時は、どうせ直ぐ首になるか会社が潰れるかするだろうと考えてたので (そういう意味では)あんまり悲観的ではなかったのだけど、なんか妙に安定 してしまって。

まー今後人生如何に生くべきか、と真剣に考えるのも春ならではか。毎日「明日」 は目減りしていく。そう感じる。いつまで「猶予期間」の中に居るつもりなのか。 ああ、そうか、これがつまり「学生気分の抜けない奴」なのか。そもそも自分に 「今日と違う明日」を期待するのがもう駄目なのか。明日は今日の続きでしか ないのだ、と諦めるのがゴールなのか。「成熟」したい、という希望は常にある。 大人になりたい。27にもなって「大人になりたい」も無いもんだが、成熟 したいという思いはある。自分がどういった目標に向かっていて、今何をすべき なのか、今何をしているのか、それは目標に対して必要な事か・・・そういうのを 確認しながら人生を歩めたらと思う。・・・でも最初の「具体的な目標」ってのが 立たないと、その後が続かないんだよな。


・風虎日記あたりの「Webテキストの現在」みたいな文章を読んでいて、Web テキストの乱立と読者の拡散については、嗚呼確かにそうだ、と思う。 自分からして以前の様に他人の日記を(バックナンバーを全部落としてまで) 「読み込む」事を殆どしなくなった。まして文中リンクなど、辿らないことの方が多い。 「書き手」の存在に対して執着しなくなったというか・・・結局書き手に興味を 持って読み継いでいるのは、Web初期(1997〜8年頃止まり)に出会った日記だけ。 それでも文字数が多い日記は基本的に斜め読みという。つまりここの日記みたいな スタイルのWeb日記は、読者の視点から言えば斜め読みの読み捨てテキスト ということになる。

・日記を書くのを止めよう、と思うことはしょっちゅうある。実際毎晩書いてる 訳では無いし。でも3日も書かないで居ると不安になる。依存症というか。 別に文章の練習だとか、高邁な目標があってやってる事ではない。ただ、僕は 現実のフェーズでは酷くコミュニケーション能力が低い人間なので、せめて 文字だけででも、誰かと会話している幻想を抱きたいのだ・・・僕と会話 したことの有る人なら解るだろうが、会話が成り立たないことが多い。 文章の様に喋ったことをフィードバックして修正できるなら兎も角、「アドリブ」 で会話することは非常に苦手だ。場数を踏んでない(要するに友達が居ない) タイプの、所謂イタイ奴なのだ、僕は。


(2001/03/10)

・「誰かのために生きられるなら/何も怖くはない」

・ジョージアのCMじゃないが己が身以外何の係累もない拙者は「何のため」に 生きてるのか。誰にも必要とされない。居ても居なくてもどうでもいい。 一体世の中に俺程無駄な人間が居るだろうか。死ねないから生きている、ただ それだけだ。消費していくだけ。与えられた時間を、ただ磨り減らす。じっと死を 待っている。何か有るはずだ、今のこの状態から抜け出す方法が、何か有るはずだ、 とは思えど。今とは違う生活をしたい、という欲望と、今のままで居たい、という 本能の声。ここから外に出たってロクな事は無いよ。此処は良い所さ。適当に やってりゃ食えなくなる事は無いからな。・・・今、明日のために何をすればイイ のか。そもそも明日はどんな日なのだ。信ずるに足る様な「未来」は何処にある。 「明日の命をつなぐため/今日という日が消えていく」とも思えない。「誰かの 為に生きられるなら/何も怖くは無い」とも思わない。怖い。結局怖いのだ。 明日を生きることが。でも死ぬのも怖い。嗚呼畜生ウザイぜ>俺。死ね。

・「夜と霧」(ホロコースト記録本)で死へ向かう労働のさなかにも妻の事を思い 浮かべて耐えられるという描写があって、結局愛する者が居るかどうか(その 相手が生きていようが死んでようが関係ない!)というのが人間の根本的な強さの 差なんだよなー。とか若くして妻子を持つK氏を見てて思ってしまう。「俺の為に のみ生きてる俺」、はだってこんなにも打たれ弱い。ただその為に見合い結婚を! と急ぐ某先生を見てると、あーそれもどうかねキミとか思うけど。気持ちは解る。 ・・・結局アレだ、逃げたいんだ。自分が誰かに必要とされてる様な幻想に浸り たいんだよ。ああ止めろクソ下らねえぞ俺。いちいち下卑た野郎だ。ああもう 体力の有るうちに自分の墓穴を掘ってその中で頭を撃ち抜くべきだ。誰にも 思い出されない様に。世の中の人はみんなちゃんとやっている。何故俺は「こう」 なんだ。何で26,7にもなってこんなにもガキなのだ。自分が寄って立つ柱を アニメやマンガに求めたのが、そもそもの間違いなのかもな。


(2001/02/24)

・時々、ホントに時々、今みたいに「俺何やってんだ!?」と我に返る瞬間が ある。でもそのうち、この「我に返る」瞬間も無くなるんだろう。以前或る人に 「穏やかな人格」と評されたんだけど、違う。穏やかなのではない。無感動なん。 不感症なのだ。体内に熱が無い。世界にも他人にも関心が無い。「寛容という名の 無関心」だ。自分の中には何もない。虚ろだ。何かを考えて喋っているフリを していても、それは実は外から入ってきた情報を吐き出しているだけ。虚無い。

・帰宅してみたらマシンの電源入りっぱなし。ネットワーク繋がりっぱなし。 エアコンも回りっぱなし。昨日のスーツは脱ぎっぱなし。クリーニングに 持っていく筈のシャツは袋に入れっぱなし。ぱなしぱなし。なんか頭の中で 久々にスチャダラの「大人になっても」が流れたね。つーか大人だよ年齢的には 十分>自分。先週の頭に「今週中に!」とか言って書いたToDoメモは殆ど チェックが入らないまま張り付けられていたり、そのうち遊びに行くヨとか 言ってそのまま連絡もしないで半年だったり、はっと気がつくと2,3週間アッと いう間に過ぎていたり。てゆーか「はっ」と気がつくのがもう2,3週間に一度な 訳よ。次に気付いたときにはもう死の間際だったりしてな。酔生夢死。


(2001/02/16)

・何かまた春に向けて色々なことが変わり始めている。前からその予兆はあった。 それに対応する準備を怠っていた俺が悪い。とはいえ、いい加減その「過ぎ去る のをじっと待つ」という生き方は止めたらどうか。置いて行かれるのが怖いなら。 平和が一番、何もないのが一番だ、なんて本気で思ってる訳じゃない。クソ。 自分をキック出来ない奴は死ね。自分がやっていることが「逃避」でしかない と解ってしまった上でそれに無理矢理のめり込んだフリをしているこの虚しさ。


(2001/01/27)

・バスの中、ボンヤリと脳味噌を解放しているとき、そこにいるオバサンや 兄ちゃんや携帯を黙々と打っている学生だか何だか良く分からない制服女子に、 「人生」が流れている様には思えない。頭では解っていても、感じない。感じない ままにこんな事を考える:何でもない人に、何でもない人生が流れている。それを どう切り取って見せるか、が映画であったり小説であったり、マンガであったり、 するんだ。結局は切り取り方だ。時間は皆に等しく流れ、「とりかえしの つかない事」は皆に等しくある。そのオバサンにも女子高生の頃はあったろうし、 或いは恋をしていた頃も有ったろう。俺にも。だが、それはそのままではただ 過ぎ去ってしまうのみだ。切り取り、枠に入れて、初めて「作品」になる。


(2001/01/25)

・どうにか脳がまともに動く様になって見れば、相変わらずの鬱はそのまま背中に のしかかっていたという。何も解決してないのだから当然か。等と何も彼も諦めた フリをしつつ、その実いまだに自分が他の連中とは違う何者か、であることを 頑なに信じているが故のアレ。後は静かに狂って行くだけだぜ。そんな感じで、 今夜も先延ばしにした些末なToDoばかりが増えていくのだ。


(2001/01/12)

・夜、何かを書こうとすると、どうしてもネガティブな方向に頭が行ってしまう。 だらだらと鬱病の様な文章ばかり書いては、こんなもの他人に読ませてどうする のだ、と思い直して、消す。再び書き始めても、矢っ張り同じ。結局「ネタ」で 誤魔化してしまう。最近こんなんばっかり。書いていて、脳がひりひりする。 酷く虚ろだ。何を喋って良いのか解らない。何か面白いことない?ってずっと 言ってる気がする。でも他人が面白がってるモノを、同じように楽しめるかって いうと、まずそれはない。結局自分の中の声に耳を澄ますしか無い。 「僕は何がしたいのか?」「僕はどんな人間になりたいのか?」

・明日への不安は常にある。誰にも思い出されずに惨めな死を迎えるであろう その瞬間さえ、「将来への不安」はつきまとうだろう。そういうタイプなんだ。 俺は。今を楽しめ、今を生きろ、どうせ人は遅かれ早かれ死ぬのであり、それを 不安がってもしょうがない・・・と言い聞かせたところで、しかし、ただ鬱々と、 不安だけが心を満たしていく。こんな暗い夜の下、極東の島国の中のさらに小さい 島の片隅の海辺の薄汚い部屋で、誰に向けるでも無い言葉を打ち続けているこの ワタシ。死の瞬間まで「俺は本当はこんな事がしたいんじゃないんだ、でも本当 にしたいことがわからない。俺は何をしたら良いんだろう?何をしたら満足するん だろう?一体俺は何がしたいんだ?」とか考え続けているに違いない。そうやって 何も成さないまま死ぬのさ。ありもしない未来とありもしない過去を妄想して、 自分を騙し続けて。


(2001/01/09)

・仕事で衝突。残業続きの中、22時頃になって突然キレだす相手にこっちも キレかける。無意識だろうと何だろうと、その暴言は許せない。怒りを抑えて それを指摘すると「・・・そんなつもりで言ったんじゃない」ってじゃあどんな 積もりだったらあんな事が言えるのか。・・・仕事なんだから冷静に行こうぜ>俺、 とか思うけど・・・・「下手に出てりゃつけ上がりやがって!!」という、まあ そう言う。そりゃまあ確かにクダラナイ仕事だよ。クダラナイ上に時間と地味な 集中力だけは延々と必要で。アンタも辛いんだろうが、こっちも辛いんだ。 あんたが夕飯と称して何時間も外出してる間も、こっちは仕事してんだよ。 あー。駄目だ。止まらない。


(2001/01/09以前)

・オタキングの冬コミ新刊(「フロン」草稿の抜粋)をほえほえと読むも、 「おかまエンジン」(女性と対話するときに女性の気持ちエミュレートする機能) が搭載されて無い身としては正直「ふーん」という感じ。いつか身にしみる時も 有るのだろう、有れば良いなとか。『話を聞かない男、地図を読めない女』だ とか、互いの性差を認めて理解しようとする昨年の風潮にうっかり自分も 乗っかってしまって(「何故女子はガンダムを見ないのか」とかああいう) 恥ずかしい限りなのだけれど、理解した所で応用する対象がないからなー。 つーか男同士でも相手の事なんて解りゃしないけどね。


・夢を見た。大学に入りたての頃らしい。いつもの連中といつもの様にピザを 食いながら夜明かしでだらだらと話をしていて、「友人を類型で分類してる」とか 言う話になる。特に初対面の時とか、無意識のうちに相手を既知の友人の類型に ジャンル分けするよな、とか何とか。で、お前にとって僕はどういう奴と同じ グループに分類されてる?とか聞いてみると、或る人には高校時代の友達の 何とかに似てる様に思えた・・・という。その僕に似た奴、と会ってみたい ものだ・・・と思う。勿論これはすべて夢。実際にこんな会話が有った訳でも なく、そんな「僕に似た友達」がいるかどうかも解らない。居たら面白いな、 とは思うけど。


・2001年初夢。人生の先輩達に囲まれて、何だか尋問されている。お前は まだ結婚しないのか、彼女位居るんだろう、何居ない?とか問いつめられて 「いやーいたんですけど半年くらいに別れたんですよ」とかテキトーな嘘を 言ってしまって、逆に突っ込まれて泥沼に。更に詰問は続き、お前はまだ マンガを読んだり描いたりしてるらしいが、まさかそれで飯が食えると思っては いないだろ?とか言われて、こっちも「いやァ、流石にねえ・・・」とか 苦笑して見せて(でも心臓は不整脈状態)いや、どっか就職口探しますよ・・・ とか答える。今仕事している、というのは全く頭に浮かばなかった。夢の中 での僕は「就職未満」な設定であることが多い。その集まりからの帰り道、 なんか道ばたに捨てられているノートを拾ってみると、それは自分がかつて 描いたアイデアノート。それがボロボロになって土に埋もれていたりする。 何だかたまらない気持ちになって・・・その後どうしたか、思い出せない。 ・・・分析するまでもなくそのまんまの内容。目が覚めて、流石に笑った。


・今の自分が没自己というか、クダラナイ人間になったと思うのは、例えば 出たくない仕事関係の飲み会を昔の様に平然と断れなかったり、ウザイ奴だな、 と思っても、無理矢理相手にノリを合わせて曖昧な笑顔を浮かべていたり する時だ。


・怒りも悲しみもわかない。只時間だけが虚空の彼方に過ぎ去って行く。 ぼんやりとした不安だけが有る。職場と部屋との往復の中で摩滅した感性では、 もう明確な不満点も浮かばない。ただ朝起きて仕事して帰って寝る毎日に、 疲れたな、俺の人生ってこんな事の繰り返しかな、と感じる程度。そして 休日はボンヤリと狭い部屋に引き籠もる。これといった目標が無いから、ただ じっとしている。なにもしない。なにもしないでじっとしている、のを美徳だと 頭の何処かでまだ信じている様なフシがある。26年の人生中16年(保育園幼稚園を 含めれば19年)を過ごした「学校」では、その方(何もしないでじっとしている。 命令されたら文句を言わずに実行する)がウケが良かった気がする。先生に とってはそれが扱いやすいからかしら。先生の顔色を伺い、先生の言う通りにして いれば評価された(と思いこんでいた)時代が長過ぎた・・・のかも。責任転嫁 かな。で、その結果としての今のワタシ。漫然と毎日をやり過ごし、野心も無く ただ与えられた仕事をこなす無気力オヤジ。ある日気が付けば30も半ばを過ぎて、 使いものにならなくなって肩を叩かれ路頭に迷うのだ。これといったスキルも 無く、行き場を失った禿頭の独身オヤジ=自分が、水色のビニールシートの立ち並ぶ 昼の公園のベンチで、ボンヤリ佇んでいるのが目に浮かぶ。今日という日の前に 横たわる、これは明確なビジョン。


・他人の事なんか分かりっこないのに、自分の中に経験値がたまっていくと すっかり分かった気になってしまって、それがまた表面上はそんな風に見えて しまうもんだから、ますます勘違いの度を深めていく。共感能力、ってのは、 勘違い能力の事だぜ、という話。相手の事なんか、所詮分かりはしない。 裏切られた、と思うのは、だから間違いだ。人間関係には裏切りも表返りも 無い。等と一瞬で脳内計算を終えて、はいそうですか、仕方ないね、と曖昧な 笑顔を浮かべて「一方的な決断に対する理不尽な怒り」回路を遮断する。 ここでもう少し粘れたらまた変わるんだろうけどな。糞。


・「ほんとのこと知りたいだけなのに夏休みはもうおわり」なんてのは、麗しい 「夏休み」を体験してきた奴の言うことであって、物心付いてからバカンス チックな「夏休み」なんか一度も体験したことのない人間にとっては所詮幻想で しかない。「いつかそういう日々がボクにも訪れるだろう仲間達と夜の街を 彷徨きながら踊ったりキスをして笑い合ったり時には都会の片隅の忘れられた 様な空き地でボンヤリ流れる雲を見上げる午後を過ごしたり帽子を投げあげたり そんな日々がいつかボクの上にも訪れるのだ」って10代の俺よ、クスリでも やってたのか。そんな日々が勝手にドアをノックしてくれる訳がない。今までも、 そして今後永遠に。今後向こうからやってきてドアをノックしてくれるのは、 老・病・死だけだ。


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