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980419付けテキスト


みずしな孝之「幕張サボテンキャンパス 1」/竹書房/1996/06/17
みずしな孝之「幕張サボテンキャンパス 2」/竹書房/1997/03/27
みずしな孝之「幕張サボテンキャンパス 3」/竹書房/1998/01/13



1998年4月18日深夜。

私は、防衛隊の体力訓練を終え、他の隊員達と風呂屋で汗を流した後
青いコンビニで夜食を買っている。
レジに向かう私の買い物カゴの中には、食料の他にこの
「幕張サボテンキャンパス」の1、2巻が入っていた。


同年4月19日早暁。

青いコンビニ数店を巡るも、3巻が見つからない。
既に1、2巻を徹夜で何度も読み返してしまっていた私は、
3巻が有ることを知るや居ても立っても居られなくなっていた。

本屋が開くや即3巻をゲットしたのは言うまでもない。


いわゆる「サボキャン」。
以前からその存在は知っていた。書店で立ち読みもした記憶がある。
だが、買ってみて、通して読んでみて、初めてその良さに気付くことって有る。
もう4コマ界では既知の作品だとは思う。思うが、敢えて「お薦めだ!」と
叫んで回りたい。そういう気分。気分は最早柏さんを前にしたキミタク同様。

良い。良いぞこれは。
4コマって全然読まないから(其の手の雑誌を全然読まない・・・)
今までで買った4コマ単行本って寺島令子と青木光恵といがらしみきお位。

あー。不勉強でした。
っていうかみんな教えてくれないんだもんなぁ。って甘えるな>拙者。
こんな面白い・・・と言うか「良い」漫画が有ったなんて!然も2年も前から!
ああ、せめて大学生の時に読んで置けば・・・大航海じゃない大後悔だ!!



今まさに、大学に入ったばかりで般教の取り方とかに迷いつつ又サークル新歓で
酒の洗礼を浴びつつ将来とか一人暮らしの不安、大学生活の「あるべき姿」に
迷っている若人達は、今直ぐにこの漫画を買って読むが良い。
ここには「正しい」大学生の姿がある。おそらくは国公立の。
大学生ってこんなもんだぜ〜、という。安心できる事このうえない。
安心しちゃうとそれはそれでやばいんだけど、其れも又良しだ。

「気楽に行こうぜ新入生」。

勿論大学生活というのはこんなばっかりじゃない。20歳前後というのは
人によっては人生最大のドロドロを覚悟しなければならない時期でもあるし
バイト先等でのシャレにならん事もままある。
試験はマジで大変だし、レポートや演習の山を前にして
それまでに経験しなかった程のクソ勉強を強いられる。理不尽な教授もいるし
無茶な先輩も居る。自分の無知無能さにあきれ果て、また無為な毎日に
嘆息することも有ろう。目前に迫る就職という壁もまた不安材料の一つだ。
モラトリアムと言いつつも、そのモラトリアムに徹しきれない何か・・・

だが、基本的にはこうだったのだ。大学生活ってこうだった。
言い換えれば、大学生時代の人間関係(美しい方)っていうのは
全くこうなんだ。それはそれ以前にもそしてそれ以後にも決して持ち得ない
非常に特殊なもの。

だから若人よ、今を大事にして欲しい・・・・なんてのは
ホントに爺むさいセリフだとは思うけど
実際もうあと数日でさらに歳を重ねる事実じじいとしては、もし今の
(つまり大学生としての)生き方に疑問を感じてたら、是非読んで欲しい。






然しここまでキャラの魅力に惹かれたのも久方ぶりだ。
特に柏明日香の造形は秀逸で、彼女の一挙手一投足がもう!!という感じ。
涙目が良いよね・・・
三咲桜子の造形もまた非常にリアルな「女子大生」である。
この二人の絡むネタは大抵「大学生としての」生活感があり、且つ面白い。
(その分誉田なんかは「漫画のキャラ」然とし過ぎている感も有。
 それはそれで良いのだが。)
大学生らしいネタ・・・例えば3巻P28の「寝かせる」ネタは
経験者として非常に「大学らしい」ネタと言えよう。
大講義室のまん中辺の席に辞書を忘れて夏休み、
後期が始まってから覗いたらちゃんとあったよ、というアレだ。
あの妙な感触を見事に再現!みたいな。
・・・実は傘も・・・傘じゃないけど似た様な・・・・

さてそのキャラのリアルさの原因は、彼女ら二人に明確なモデルが存在している
という事にあるらしい。実録漫画を信じるならば、彼女等のモデルは中国に
語学留学したりしていて、その辺私が居た学部・コースの某女史等に
非常に通じるモノがあるのであった。

あと服装ね。あの気合い入ってなさそうで気合い入ってそうで
やっぱり気合い入ってないという、絵に描いたような(絵に描いてんだけど)
大学生ルックも実に良い。あーどこもかしこも良いぞ〜。
・・・最早「良い」以外のボキャブラリーを持たない私・・・



さて。以下独白。

現役大学生じゃない私にとっても、これは非常に「救い」を与えてくれた。
サークルとかに入っていればまた別の時間が持てたのかも知れないが・・・等と、
サークルという居場所、「ボックス」を持たなかった人間の後悔に対して、
この作品の彼等は全く「救い」だった。
なんだ、良いじゃん、よく解らない仲間と
浅いながらも結構楽しくやってたあの日々は
あれはあれで良かったんじゃん、と。
・・・それは勿論後記憶のの歪曲作業であるのは百も承知なのだが
とにかくその「居場所が無かった」的悔恨を有る程度断ち切ってくれた。

さて、悔恨を断ち切った僕は、
何処へ歩いて行つたら良いものであらうか・・・・

・・・いい加減、自分の価値観で世の中を見ないと駄目だよね
「世人」に価値判断を仮託して生きるのはそりゃあ楽だけど、だ・・・

それでも、やっぱり・・・・




この一晩で数カ月分の日々を送った様な気分の
@@@@@@@@@@@@@@@@ [JUN] @@@@@@@@@@@@@@@@
(980419)

Anne McCaffrey & Mercedes Lackey "THE SHIP WHO SEARCHED"/1992 マキャフリー&ラッキー「旅立つ船」赤尾秀子訳/創元SF/1994/11/04 ・・・オモシロク読んで、でもラストで欲求不満。 何て言うか・・・女性が書いてるなぁ・・という感じで。 いや馬鹿にしてる訳じゃないんですが。 ・以下読んでない人には全然分からない話。戯れ言。 アレックスが抱きしめたいのはティアの操るマリオネットじゃなくて やっぱり「彼女そのもの」な訳で・・・益々欲求不満が募るんじゃないでしょか。 オトコ的に。 通常殻人というのは、先天的異常からそのままでは生きることが出来ない、と 判断された人間がなるものであり、その「容姿」は概ね正視に耐えない。 だがティアは違う。 「なのにティアは、うっとりするほどかわいらしい少女だった。  きっと魅惑的な女性に成長したことだろう。−くそったれ。  殻の中でも彼女は魅力的な女性なんだ。魅力的だが動くことのできない女性。  糸のないあやつり人形。」 「実体のないものに魅せられるような自分ではない。三次元ポルノなど  おぞましいだけだ」(p222) ここにはアレックスの、ティアの「肉体」に対する想いがありありと読みとれる。 これ程思い詰めていた「触れたい」という想い、「病的執着」が、この手段 −つまり遠隔操作のサイボーグ−で癒せるだろうか? まだしもこれがもう少し出来の良い「義体」だったらそこそこ 問題は無い様な気もするんですが、これがまた柔らかいところのない硬質の肌。 特異点航行が当たり前の時代に 「触れる皮膚のどこにも暖かな柔らかみはなく」 は無いでしょう・・・ この時代設定でサイバネティック技術がここまでショボいってのは妙な感覚。 シロマサの登場以降、サイバネティックボディ素材の感性・マインドセットは 格段に上がって(変化して)いて、彼の提供した「義体」感覚からすると これはあまりに古く感じられてしまう。時代の所為も有るか・・・。 でも92年作品だし。 或いは何らかの規制?あんまり人間そっくりにしちゃ駄目、とか。 ・・・えーと、つまり、オトコ的には「病気が治って柱から美しい彼女が!」 的な展開が妄想されてた訳なんですよ。ガリバーの宇宙旅行的ラスト。 お姫様ロボが割れて中から可愛い女の子が!的。 今更「船」・「殻人」をやめられる訳も無し 大体船をやめたら彼女と彼はもう「パートナー」では居られないわけで 物語としての整合性を考えるとこうならざるを得ない− というのは分かります。 それに、マリオネットを操る、ってのが一番展開としてはSFだし、 でも電波はそう飛ばないから船を離れられない−っていう設定も 萌える、もとい燃えるものが有るわけです。 宇宙船から降りることの出来ない端末義体。実にSFですな。松本系。 B.B.プログラムそのものが変化していく可能性も見えてきたりして それはそれで凄い、んですけど・・・ アーマロイド・レディなら硬質の肌でも良いわけですよ。 AIは所詮「モノ」だから。モノ故の良さがあるから、その体もより「モノ」 的であって欲しい。アーマロイドレディが「柔らかい肌」だったらやですものね。 ファティマだって造形的には人間じゃないし。 ・・・でも、ヒュパティアはその「素体」が激可愛いという設定なんですよ。 やっぱり期待しちゃうでしょう。「出てくる」のを。うーん・・・ ・・・・・いや、この場合、いくら義体が良くできていても駄目なんですよ。 個人的に。何て言うか・・・「脳が体外にある」のが駄目な拙者。 抱きしめている体には脳が無くて、何処かで遠隔操作してる、ってのが駄目。 逆に言えば、その義体の中に脳が収まってさえいれば どんなにショボい義体でも「安心」出来る・・・ そう言えば「攻殻2」では衛星回線から義体を遠隔操作−ってのが出てきてて 「これは何か違う」と思ってしまったのでした。頭カタイ? ・・・だってその義体壊しても、死なない訳でしょう。交換もできるし。 でも、「柱」を打ち壊したら彼女は死ぬ。それはつまりこのボディが 「マリオネット」に過ぎない事を示しているのでは・・・。 そんな人形を抱きしめてあんたは満足なのかアレックス!! ヒュパティアは満足してるだろうけど。 ・・・義体と柱と、どっちが「本体」か、とか。 体と心、は今の我々の場合一つの容器にワンセットな訳ですが・・・ ・・うーん。なんか混乱してきました。もう少し整理して考えてみる必要が あるみたいです。次に悩むのは「攻殻2」が単行本で出たときかしら。 マインドセットはまた進化するか・・・。 小説的には、前半、ヒュパティアが船になるまでの下りの求心力と 中盤以降のブローンを得てからの散漫な感じが何となく違和感があったですよ。 合作の影響?前半はぐいぐい読めたのに、後半いきなりペースダウンでした。 自分の生命維持費用によって縛られている殻人ならではの、「金」にまつわる 話も結構重要視されていて、投資がどうとかその辺の描写が妙に多い。 いや、これも理にはかなって居るんだけど、なーんか違う。 ハズしてる、ていうのか・・・燃えない。 あ、でもアメリカ人は斯う言うの好きなのかも。投資とか好きそう。 巻末解説にはパートナー選びの物語、としての側面が強く語られていたんですが、 これはそれ以前にやっぱり「SF」で、世界設定はサイボーグものの 金字塔といえましょう。古いけど。初期設定は60年代なんだから仕方ないですか。 あ、でも、面白いんですよ。 スタージョンの法則の5%の方だと思います。 不満は単にその「あらぬ期待」を裏切られたところにあるだけで、 整合性の高さは流石にSFメインストリームを走るシリーズだけはある、と。 ・・・・何か毎度のことながら主観のみの馬鹿文章でした・・・ 「俺的には」って、最近こんなんばっかり・・・・御免なさい。 @@@@@@@@@@@@@@@@ [JUN] @@@@@@@@@@@@@@@@ (980419)
いとうせいこう「解体屋外伝」/講談社/1996/07/15(1993/07初版) ・・・いや、実はこの本、読了してから直ぐに会社の先輩に貸してしまってて。 半月後、氏が会社を辞める前に返して貰ったのだけど、 その頃には内容を忘れてしまっているという。 でも、貸し出す前にメモった感想があるのでそれを元に構成してみます。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 「暗示の外に出ろ。俺達には未来が有るんだ。」 成程。こりゃ凄いや。 一見ありがちな世紀末サイバーアクションものの体をしており、 そっちの方に目が行ってしまうと「ありがちですね」という事に なってしまうのだけど・・・その真体が「洗脳」に有る事を考えると、 背筋を走るものがある。僕等の知らないところで、事態は既に 引き返すことが出来ないほどに進行してしまっているのではないか。 洗脳と洗脳外しの跋扈する近未来。 人の精神のメカニズムはまったく「メカニズム」として理解されており、 その結果「精神」を作り上げることは出来なくても、染め直すこと 或いは解体することは出来る、という− そこでは人は簡単に洗脳され、あるいは「解体」される。 主人公の「解体屋」は以前に洗脳戦争に敗れ廃人と化していたが、 冒頭、タイの少年・ソラチャイの声で復活。 自分を洗脳した洗脳者・ウォッシャー達への復讐を誓い、 ソラチャイらスクワッターズ(建物不法占拠者達)を利用して (或いは利用されて)洗脳屋達に戦いを挑んでいく・・ 見所は各所に有るが、個人的に気に入ったのが 錠前屋(プロテクター)からのメッセージCDをかけつつ それに対して返答(疑似会話(フェイク・トーク))し、 其の向こうにあるメッセージを読み出すという「イライザ暗号」解読シーン。 この作品の雰囲気を代表するシーンであると思う。如何にも「有りそう」で 然も(少なくとも僕は)初めて見た。非常に「らしい」。 絵的に好きなのは管理人の大立ち回りのシーン。 あの場面転換の格好良さ、アクションの確かさ(踏み込みとか)は士郎正宗的だ。 展開も突然で、非常に虚をつかれた感じがして気持ちよかった・・・ 「神経洞窟(ニューロティック・ケイヴ)」「高速洗濯(コイン・ランドリー)」 「自己洗脳(セルフ・ウォッシュ)」「世界暗示(オリジナル・ランゲージ)」 等々の単語(勿論しっかりとした意味に裏打ちされたもの)が飛び交う。 この造語感覚はまさにいとうせいこうだ。 また、決め打ちの「格言」がこれまた数限りなく飛び出す。 冒頭に書いた「暗示の外に出ろ・・」や「予言には唾を、暗示には微笑みを」 等々。 解体屋の言葉遣いは常にそう言った「テクスト」と意味変換された言葉に満ちている。 これが一層「解体屋」の解体屋たる雰囲気を作り上げている。 単に彼がそういう言葉遊びが好きなだけ、と言うのではなく、それら全てが 「解体屋」としては意味のある行為なのだ・・・という風に書かれている。 巧い・・・ サイコ・ダイブの描写がもう少し「具体的」ならばこれは 本当に洗練されたSFである。 解体屋がその精神を3つ(マザーコンピュータ、操作者、戦闘者)に分けて それぞれの役割分担の中で精神世界の作業を行っていく描写などは実にイイ。 ただやっぱり「アシッド的」過ぎてその辺の新鮮さには欠ける感が有るが・・・ 漢字の造語にカナでふりがなふるのも古いと言えば古い。 黒丸尚の訳文は、死して後何十年も影響を与え続けている・・・ だが、SFと呼ぶに足だけのセンスオブワンダーを感じたのは、 実は解説の香山リカの文章を読んで初めて−だったことを告白する。 「今からでは、もうすべてが遅すぎる。」 この恐るべき精神戦争は、既に始まっているのだ。 考えてみれば、ノーライフキングも、ワールズ・エンド・ガーデンも、 全て「現実に先立って物語られた物語」だった。 私が作品に出会ったのはその「現実」が過ぎ去って後だったが。 いとうせいこうの「切り取る力」は、今現在を切り取るのみならず、 今現在から予想しうる将来、の姿を切り取る力でもある。 で。「ノーライフ」程にドキドキ出来なかったのは、結局読者としてのレベルの 低さ、に有るのだろう。低さというか、感覚の遅さというか。 「読解」が出来るかどうかで作品の「重要性」が全く変わってくる。 そういう作風、作品。 「ノーライフ」を読んだときは、既に「噂のネットワーク」についての 知識は常識として脳内に配置されていたから、その情報を元に面白さを 翻訳できていたのが、ワールズ・エンドやこの作品は、まだ僕の頭に 意味解釈するだけの知識が無いので−という。それが証拠に、巻末、 解説の香山リカの文章を読んで初めて背筋に走るモノを感じたのだ。 「そうだったのか!」という。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ・・・・駄目・・・。 この手のアクション主体の小説は読後直ぐに感想を書かないと どんどんその「感想」が薄れていく・・・一度は脳内に構成された 「感想」は斯うして形に残さなければ押し流され、別の情報の流入によって 希釈され、拡散して意味を失っていく・・・・ 次は出来るだけ早く書くことにします・・・・ @@@@@@@@@@@@@@@@ [JUN] @@@@@@@@@@@@@@@@ (980419)


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【タイトル】 短い手紙
【登 録 名】  JUN_84.LZH (ASOBOU.MAG/JUN_84.TXT)
【制作者名】 [JUN]
【掲載月日】  98/04/20
【制作環境】 マシン:PC-9821V10 スキャナ:GT-5000WINP ツール:MPS 1.02
【動作環境】 *.MAG観賞可能環境なら。
【再 転 載】  御自由にどうぞ。連絡無用。連絡してくれたらウレシイですが。
【苦情宛先】 ドキュメント末のID或いはEm:tamajun■gmail.com(■をアットマークに読み替えてください) へ。
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どもども。

何となく描いたんで、特にドキュメントに付けることも無いです・・・











えーと。

実は実話だったり。
それにしても郵政省メールは最近活用してないなぁ・・とか。

昔は嘘住所氏名で葉書とか手紙とか良く出してました。

嘘氏名の手紙も貰ってます。
ルパン3世からの年賀状とか。




・・・あ
「幕張サボテンキャンパス」が良いです。
お薦め。
昨日からずっと読んでます。
何回でも読める・・・





・・・・あー。

仕事してるかビデオ見てるか漫画読んでるか・・・で
いろいろと考える時間は最近全く取れてません。

その方が楽ですし。

そう言うわけで
相変わらずドキュメントは薄いのでした。


ではまた。



*作製期間:4/10〜4/20。ネタ帳に原画描いたのは2年前。

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