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971217付けテキスト


ゆうきまさみ「じゃじゃ馬グルーミンUP!12」/小学館/1997/12/15

今巻の要はp113にあると言えよう。

p113だ。もうこれに尽きる。尽きるったら。
いや、ひづめちゃんもイイ感じ(・・・)だけど。だけどね。
やっぱサ。
解ってるんだ狙って描いてるのは。ああそれでもッッ
・・漫画読んで本気でドキドキするなんてもう何年ぶりかという。
ハマってるなぁ>拙者。


物語の方は、駿平の「もう一つの可能性」、と言うか、本来なら
そう進んでいたであろう未来/東京を連れて「女子大生のお姉さん」二階堂が
現れるあたりが今巻の背骨。
ここでまたヤキモチ妬く(「妬いてる」よね・・明確に・・)たづなちゃんの
あの可愛さがあああああぁぁぁぁぁぁ(誰か止めて)p170〜の動きなんて
もーー・・ああああああ(誰か・・)

−で、
そのあり得た、或いはこれからもあり得る「未来」を、二階堂は
ひびきに提示して見せる訳だが−(p168)それは、あるいはゲンジツかも知れない。
「いつまでもこうしている訳にも行くまい」と言うのは、
自分なりのやり方で夢を追いかけているときの、最大の不安であり、悩みの基だ。

特に駿平は周りに「将来を嘱望」される様な「人材」で有っただけに、
(本人はどうあれ)周りに「そういう心配」をさせるのだ。
駿平というキャラ・・・


馬の方は天皇賞。イーグルの気質が災いして−という展開は
いっそ馬の気質をはっきりさせて良い。次は行けるかも・・・という
引きでもあり・・

p52「あ!ケンカした!」の下りは、如何にひびきが馬を鋭く見ているかの
現れであり、「競馬馬」にかける意気込みが(さりげない形で)
良く現れていて好きだ。
ひびきはそのキャラクター上、自分から理想を語ることが少ないから
こういう「らしい」描写は重要だ・・

・・・うーん・・・でも実際馬方面は相変わらず弱い私・・・
ダビスタでもやっときゃな〜・・・

兎も角、飽きさせない。良い漫画です。
@@@@@@@@@@@@@@@@ [JUN] @@@@@@@@@@@@@@@@


梶尾真治「ちほう・の・じだい」/早川書房/1997/9/15 カジシンの短編集。 でも、書き下ろしの表題作「ちほう・の・じだい」以外は殆ど既読の私。 ・・・というのも、収録作の殆どが93年〜95年の作品であり それは即ち拙者が一番SFに浸かっていた頃だったという訳で・・・。 矢張り、と言うべきか、初読の時の情景までが浮かんで、内容とは関係なく じーんとしてしまう拙者でした。 さてその未読の表題作は、カジシンのリリカルもの。 ちゃんとSFな小技も効いていて、当たりである。 ある日、いきなり「風の名はアムネジア」してしまった世界。 だが、周りが痴呆化していく中で、主人公は何故か一人正常なのだった。 他の人々と同様に痴呆化してしまった妻と二人、静かな世界で せめて生き抜こうとするのだが・・・ ラストの、閉じた様で閉じていない、余韻が何ともSFだ。 昔読んだSFってこんなだったなぁ的。 このほかに、 「ブンガク・クエスト」 「絶唱の瞬間」 「M・W・L(仮)へようこそ」 「木曜日の放課後戦士」 「時の果の色彩」 「トラルファマドールを遠く離れて」 「アンナプルナ平原壊滅戦」 「”偶然”養殖業」 「怒りの搾麺」 「金角のひさご」 を収録。どれも一筋縄ではいかないカジシン節が詰まっている。 どの一編を取っても、アンソロジーの「売り」に使える作品ばかりで、 実際その様にアンソロジーの看板作品となった作品もある。 以下例によって雑感。 「ブンガク・クエスト」 如何にも嘗て座敷牢生活を送っていた カジシンらしい一遍だ。オチの巧さも流石だ。 実際、ここまできちんと「ゲーム」の感覚をリアルに出せるのは、 もう本人がドハマリしてるに違いないという。嘘がない。 と思う・・・自分もあんまりゲームやんないからアレだけど。 「絶唱の瞬間」 これも傑作で、ああ、これに横山えいじのイラストが ついていれば猶良かったかもと思わせる勢いのある展開。 これもカラオケボックスの空気が良く出ていて巧い。 大槻ケンヂ系な強烈なオチも良い。 「M・W・L(仮)へようこそ」 ああなつかしやあの「プレイン・ヨーグルト」でとんでも無い目に遭った 創作料理人フモト氏が再登場。矢張りとんでも無い目に・・・ ・・・でもやっぱり食ってみたいものなのか、最後は。 「木曜日の放課後戦士」 ああこれも傑作。初読の時ゾクゾクした、その同じ所でまたゾクゾクしてしまう。 子供社会の匂いが懐かしい。ガシャポンの興奮が蘇る。 これにも嘘がない・・一体どうやったらこんな話を思いつくのか。 アイデアだけでなく、その世界にリアリティーを与えている子供の視点、 語り口、全てに於いて完成度高し。 「時の果ての色彩」 これは以前にも感想を書いた記憶が。 時間テーマもの。但し、設定に一ひねりあって タイムマシンを手に入れても、ある限界点は超えられないのだ・・・という この設定が、作品そのもののトーンを形作っている。 ただ読者の思い入れがし辛く、何となく単調に終わっているのが惜しいか。 「トラルファマドールを遠く離れて」 後期の星新一の様な匂いが・・・ 此処にも痴呆によって起こり得る一つの現実が描かれている。 この巧さは一読した時には気付かなかったが、今斯うして読んで初めて それに気付く・・・・凄い・・。 「アンナプルナ平原壊滅戦」 田中芳樹(本人)の描写が秀逸。でもオチはちゃんと 田中芳樹的奸計で見事。然しそんなに茄子嫌いなのか>タナカ・ヨシキ。 然し「七都市」読んでから何年経つんだろう・・・ 「”偶然”養殖業」 カジシンお馴染み機敷坐風天氏の珍発明モノ。 運を左右する力を持つ動物を交配して−ってのはリングワールドか。 ある偶然の率を限りなく高めた瞬間に、 何本もあるエレベーターが一斉に開く(p271)という描写には 背筋を走るモノがあった。この辺の巧さは流石。 オチの軽さも粋だ。 「怒りの搾麺」 SFバカ本切ってのバカSF。これって作者名隠したら(昔の) 岬兄悟作品だっつっても分かんないよな。あんまりバカすぎて 初読当時の私は「こんなん出す暇があったら過去の名作選でもやるべきだ!」 とか怒ってましたが、このシリーズも既に3冊を数えるのだからなぁ。 バカSFは求められているのか・・・ 「金角のひさご」 これもイラストは横山えいじ氏にお願いしたい。 こういうどろどろ、ゾンビ系は氏のイラストが浮かんで仕方ないのだった。 ワガママだけど何か可愛い、という女性の造形は カジシンの他の作品にも・・・モデルが? オチも良きSFしてて満足。 やっぱカジシンは巧い。 SFの何たるか、を体現している様な所があるなぁ・・ 等と云っている私ですが、実は既に氏の未読が 数冊本棚に溜まっているのでした。読まにゃなぁ・・・ ではまた。 @@@@@@@@@@@@@@@@ [JUN] @@@@@@@@@@@@@@@@ (97/12/10)
Ian McDnald "DESOLATION ROAD" /1988 イアン・マクドナルド「火星夜想曲」/早川書房/1997/8/31 「閉鎖されたホテルやダイナーの割れたネオン管に夏の雷がはかない命をもたらす  誇りっぽい夕べになると、ジェリコ氏とラジャンドラ・ダスは、ポーチに腰掛け、  ビールを飲みながら、昔を思い返すのが癖になっていた。」(p492) 10年に一度の傑作、と云わないまでも、今年一番の収穫であろうという事は 最初の10頁ほどで直ぐに解った。 明確に斯うと表現できないが、そういった本のみが持つ匂いを この本も、活字の間から匂わせていたからだ。 原題名は「デソレイション・ロード(荒涼街道)」。 その名をつけられた、赤い砂漠の中の小さな町が 生まれ、時を経て跡形もなく消え去るまでを 掌編を積み重ねて描いた、タピスリー的物語である。 (赤い砂漠、と言って火星と直ぐにピンと来るのがSF者。  タイトルの「火星−」は原題の「デソレイション・ロード」を  そのまま使った方が気が利いていたと思う。) 作者後書き曰く「とるにたりない人々、はずれにいる人々、周縁にいる 人々の本を書きたかった。」(p541) 「平凡が故に非凡である人々の本」である所のこの書は、云ってしまえば (と言うか、ズバリそのものだが)SF版「百年の孤独」だ。 「ラテン・アメリカ文学の魔術的リアリズム」それが此処にある。 マルケスの本に、あの活字の向こうの世界に没入し、読了した後 現実世界へ帰る間際に味わったあの魔術的感覚(マジックフィリング)を もう一度味わうことが出来ようとは。 然もこれを書いたとき、作者イアン・マクドナルドは28才なのだ。 解説に寄れば、彼がその年齢でこれだけ豊かな内容を描き得たのには 訳がある。彼の云う「サンプリングとリミックス」の成果だ。 勿論下手なリミックスは下手なオリジナルよりまだ劣る。が、 世の中の創作活動が全てリミックス作業なのだと云うことに思い至れば− 平均7・8ページの章で描かれる、細かい(とるにたらない者達の)エピソード。 それが大量に積み重なり、その云う魔術的リアリズムを生んで行く。 序盤では、町の創始者アリマンタンド博士や犯罪帝国の帝王、 機械を魅了する力を持つフーテン、飛行機ショーの少女、 絶対に見分けがつかない三つ子等々・・・の多くの人々が この赤い砂漠にたどり着くまでの物語と共に登場してくる。 この下りからして魔法的にエキサイティングだ。 中盤以降、この町から外の世界へ出ていく人間が現れ、そして外の世界から 様々なものを持ち込んで来る。 登場人物一人一人を形作るエピソードの見事さ。リミックスとはこれか! という感じもする。 特に最強のスヌーカー・プレイヤーとなったリモールの下りは素晴らしく、 句読点無く列挙される地下享楽都市ベラドンナの風景描写(p222)などは実に 強烈且つ感動的だった。サンプリングの成果と言わねばなるまい。 ここには「邪さ」に望まれるロマンが全て描かれている・・・ 或いはベツレヘム・アレス株式会社の首都、ケルショフ市の 超巨大な建造物、産業廃棄物で一杯の池の描写、プロレタリア文学もかくやの 単純労働風景、「あたらしい封建主義」、その中での昇進模様・・・ ああ、たまらない! この手のアンチユートピア文学特有の避けがたい、ペシミスティックな魅力が 充満している。 ・・・或いは、これは明らかにブラッドベリの影響下に有るのであろう エクストラヴァサンガの中での鏡の部屋(p237)のシーン・・・ 鏡の向こうに追い求めた背中、捕まえてみればそれは・・・ 上に挙げた例(ベラドンナ・ケルショフ・エクストラヴァサンガ)は 実は30ページ(p209〜p237)に満たない中の連続した三編なのだけれど どれも一生モノ(!)の印象を残してくれる。 他にも・・・ああ、挙げればきりがない。 斯う言った様々な物語を積み重ね、然しやがて滅びの時は来る。 序盤のクライマックスでアリマンタンド博士によって「確率的な存在」に されていた町は、様々な物語と共に、やがて赤い砂漠の砂へ帰っていくのだった。 ・・・あああ・・・駄目だ・・・ この本の感想はどう書いたところで陳腐になってしまう・・ 読んで、没入した者だけが味わえる世界、でしょうか。 片手に収まる本の中に、現実以上にリアルな一世界が、空間と時間をそのままに 収まっているのだという事の凄さ。 久々にSFの、「読書」という行為そのものの醍醐味を 満喫させてくれた一冊でした。 勿論、お薦めです。 @@@@@@@@@@@@@@@@ [JUN] @@@@@@@@@@@@@@@@ (97/12/10)
栗本薫「運命のマルガ」グイン・サーガ57/ハヤカワ文庫JA/1997/11/15 前巻からのスピード感は、マルガに入っても衰えず。 イシュト達はヴァレリウスの手助けもあり、巻半ばでナリスに謁見し 巻末ではナリスに自らの運命共同体となることを誓わせる。 まぁ云ってしまえば今巻はそれだけの内容な訳で、描かれる時間もたった一晩。 このサーガの、これ以降の重大なターニングポイントでありながら 主な登場人物は4人。リリア湖の、波の音の聞こえる静かな別邸の中で 中原の未来を左右する、歴史的な決定は下された。 たった一晩ではあったが、ナリスとヴァレリウスの中での時の密度は 凄まじいものがあったに違いない。 特に我らが(とかつては云ったものだが)ヴァレ君の心中如何ばかりか。 彼は懐かしき日常の平和と、ナリスのサーガの行く末とを天秤に掛け、 ひたすら悩む。だが、 「もう、決心がつきました。あなたを一人でゆかせるわけには参りません。  私も御一緒に参ります。永遠に」(p240) 斯くして、あの妙に親しみやすく面白い奴だったヴァレリウスは ナリスと地獄への道を歩き始めるのであった。 イシュトは、ここではナリス&ヴァレリウスの「動機」に過ぎない感もある。 勢い余って泣いたり叫んだりするが、内面は其程描かれていない。 その逞しく野望に燃える外面だけが、さらされている。 「あなたを俺のものにしたい−パロをあなたにあげることで−」(p168) 兎も角、斯うしてナリス&ヴァレリウスという中原切っての策謀コンビは パロ王座の簒奪者への道を歩み始めた。彼等二人の知謀を持ってすれば 或いはそれも簡単なことかも知れないが、果たして・・ 一方のイシュトは、嘗てケイロニアでグインに裏切られた(と感じた)時の ショックから遂に立ち直り、いよいよゴーラの王へと突っ走って行く・・ ・・・のだろうか・・ ああ、兎に角「つづきを!!早く!!」 全てはヤーンのしろしめすままに・・・ さて外伝12を読むか・・・ @@@@@@@@@@@@@@@@ [JUN] @@@@@@@@@@@@@@@@ (97/12/15)
あさりよしとお「ワッハマン」9巻/講談社/1997/11/21 安定した「絵」と「物語」の快楽を、二つながら備えた傑作シリーズの最新刊。 一分の隙もなくオモシロイ。 前巻で仮死状態(彼の身体は永遠不滅だが、魂は別だ)に陥ったワッハマン。 今巻の前半では長沼・鮫州等の官V.S.”パパ”以下の組織という構図にCIAの チューブワーム男も加わって、そのワッハマンの奪い合いが展開する。 当のワッハマンは、その後お姫様の熱いベーゼで目を覚ます訳だが、 それでも、彼の意識は今一つはっきりしない。 彼の過去生は徐々に明らかにされて行きつつあるが、 だからと行ってそこへ「還る」かどうか・・ カールビンソンの「おとうさんの秘密」の例もある。 彼の「動機」が復活したとき、物語は一気に終末へ向かうのだろうが・・・。 然し、p96〜97の見開き、感動よりも笑いが来てしまうのは、仕方ないよね・・・ ていうか、それも狙っての事なんだろうとは思う。 あー。然し何ですね。この漫画、活躍してるのオヤジばっかり。 それが良いんだけど・・・ 長沼の、「光の礫」を見てから反応する(p25〜6)あたりの描写は、 もうこの手の王道と言えましょう。兎に角シビれる。 インガー爺もキャラがどんどん立ってきて変だし。 拳銃持ち出す辺りのタイミングや、p142のマッドサイエンティストぶり等は 実に素晴らしい。・・・鮫州も良いキャラだし(p104とか)。 レミィも良い。ひたすらアレ。しかも外さない。 いや、確かに全裸にエプロンは男の夢だがッ(p122)何にせよ、あの明るさは救いだ。 ・・・後、イシュタルやレミィを見ていると、そのシルエットも含め、 黒白漫画上での表現をよく考えたデザインだなぁと思ったり。 p3やp35の立ちポーズとか、p37(ワッハの72の扉)とかさ・・ p132の一コマ目の画面の緊張感・その美しさたるや。 ああ、大体、p132〜134の「引き」の格好良さってのはもう・・・ 実際とんでも無い漫画だと思う。漫画家、か。 p119の扉一枚だけでワタシはもう心を打たれてしまうのだった。 ああ、畜生、巧いなぁ・・ ガロ1月号のアレもあさり色強くていいなぁ。連載するのか>アレ @@@@@@@@@@@@@@@@ [JUN] @@@@@@@@@@@@@@@@ (97/12/15)
SUEZEN「マリンカラー 4」/角川書店/1997/11/7 全編 あーーーもう。あーーー。あーもーなー。ねぇ・・・ ・・・という感じ(わかって・・・) 冒頭のバウワー&レトラとか・・デリータも・・・ 勿論ススム&パレッティもな・・・あーー。あーもー。 あーもうしょうがねぇなぁ・・・的ニヤニヤマンガ。 p76〜の、背景のジンベの哀れさと対比して、 二人のラブラブさが際立つという。何回見ても笑っちゃう。 笑う、ていうかにやけちゃうのよね。にやらまや。 新キャラも続々登場。 アクリル&ガッシュのセイレーンデュオ・・・歌はいいねぇ(以下略) p156の馬鹿女子高生喋りするカシマシ娘なシーンとか 折り返しの通天閣直下演歌スタイルとか、ああ 作者相変わらず「女の子の仕草」を楽しんで描いてるな、 という感じがするのだ。 でもこの作者の「ツボ」って結構特殊な感じがする・・・ トルソーの歌なんかも、如何にもSUEZEN節でイイぞ。 「間」の外し方も絶妙だ・・・ 然し何が起ころうと、全ては彼等を如何にラブ☆((C)伊藤伸平)させるか、 それだけの為に用意された「障害」であるに過ぎない様だ・・・ −にしても絵。良いなぁ。もう。 今でこそ見慣れて来たけれど、5年前(もう5年にもなるのか!) アニメ誌上で「ヤダモン」を初めて見た時の、脳天直撃な感動は 今も生きている。 あと、報われないジンベは報われないままでいて欲しい。 良いキャラだ・・・ ああ・・ ではでは。 @@@@@@@@@@@@@@@@ [JUN] @@@@@@@@@@@@@@@@ (97/12/17)
藤島康介「ああっ女神さまっ 16」/講談社/1997/11/21 これまた分厚い16巻。 短間隔で15(97/09/22)・16と出た割には、ページ数が・・・ 前巻と同様の感想。何やらヤマ場のない展開だねどうも、という。 どんなに事件が起こっても、毎日それが続いたら結局日常の連続というか・・ やっぱ感情移入の度合いが落ちているんだろうなぁ・・・ どーでもいいのですが、前巻から拙者の中ではスクルド=アスカという式が せいりつしてしまっていて、拭いきれない。こういう人他に居るんでしょかね。 今やその声さえ、久川ではなくみやむーである>拙者の心の中劇場。 ベルダンディー自身の「欲求」が出たという点では、この冒頭の「手をつなごう」 の展開なんかは興味深いのだけれど・・矢張り「一線」をこえられないのは 超えてしまうと最早漫画が成立しないと云う、ファンタジーの域に達しているからか。 でも「絵」は相変わらず魅せてくれる訳で。 今巻個人的な気に入りの絵・カットを挙げてみると ・p8アオリのスクルド ・同p8恥線(こういうシチュエーションでのソレ珍しい・・)のベルダンディ ・p45トビラ。この絵は良い。 ・p79同トビラ。この絵も良い・・望月フカンを彷彿とさせる。  感情表現を含むフカン・・ ・p122電話声のウルド(斯う言うちょっとした可笑しみが結構ツボな拙者) ・p151千尋のキャラを決定したコマ。表情の妙。 ・p217〜ウルド・スクルドの「仕事」風景。この二人の間でビジネスライクな会話・・  作者の演出意図が見事に当たっている。p219ラスト2コマのウルドの「演技」は  演技賞モノだ。 ・p235尻から現れるペイオース。キャラ立ってるよな・・ ・・・こんな感じ。 実際部分部分は好きなんだけど・・・うむむ・・ 最早これはファンタジーだし・・ でもリアリティーを失ったら(有る意味で)漫画は終わりだと思っている私。 まぁ、結局買っちゃうんですけれど。 ではでは。 @@@@@@@@@@@@@@@@ [JUN] @@@@@@@@@@@@@@@@ (97/12/17)
栗本薫「魔王の国の戦士」グイン・サーガ外伝12/ハヤカワ文庫JA/1997/12/15 月刊グイン12月号。 面白い!無茶苦茶面白いやん。何か一気に読んでしまったよ。 矢っ張りグインは良いねえ。無敵の王様・・・中原対東方の未来の図式を とうとうと語る(p160〜)下りなんざもう・・・ このところずっとそうだけど、今巻も展開が無闇と速い。 キャラも大量に出てくるし、アクションシーンもハリウッド映画ばりに満載だ。 演出の巧さ、特に今巻は押しと引きの巧さが光る。グワーッと盛り上げて すとんと落とすその巧さ。 例えば中盤、中原の未来とかを語って場の雰囲気を盛り上げ、 子供達を探索に走らせて遂に発見した「さかさまの塔」!いよいよ乗り込む! という所で、実はその塔が観光名所化されていて 呆気にとられる(p198)辺りや、ラストの(・・・あ、云わない方が 良いのかも・・・云っちゃうけど)大バトルの後、 いよいよ此の扉の向こうにシルヴィア姫がっ!! と思いきや、とらわれの王子マリウス(余談ですが、「モンティ・パイソンの ホーリー・グレイル」見て以来、マリウスってどーしてもあの沼の城の王子の 姿が重なって・・)が 「グイン−ああ、グイン!」とか出てくる辺り、もう拍手喝采である。 大笑い。巧すぎる。その直前、p279の最後の方で「もしや・・」 と思って、280ページをめくると、ああ、やっぱし・・的。 お約束なんだけど、こうも正面切ってやられると(またキャラがはまってて) 笑うしかない。やられた・・ カル=カン(猫まっしぐら)も実に良い味出しているし、青鱶団(鱶、は 「ふか」。音読みはショウ。調べました。分かんなくて)のシャオロンや リー・リン・レン(彼等の姿は「黒い兄弟」を彷彿とさせる・・・)も 一々キャラが立っていて凄い・・・。 このところのグインの面白さは矢張り、乗りに乗った展開のスピードと、 それに伴う密度に有るのだと思うす。 凝った描写よりも台詞を多用しており、それが 全てがスピーディに展開している感じを与えるのだと思う。 勿論格調高い文体での戦闘シーンや、ちょっと「引いた」文体で描かれる パロの宮廷スズメの類の描写もまた「グイン」なのだけど・・・ 筆先一つで物語そのものの緩急を自在に使い分ける・・・ 「さかさまの塔」なんか、もう随分前から(一昨年の年末から?)「引き」で 来ていたのに、あっさりと通り過ぎてしまうと言う(少年漫画なら「塔」で 此の後まだ半年は引くところ)・・。 その辺、ページ単位の速度が物語世界の速度に引っ張られている様な、 強烈なスピードを感じさせる。此処暫くの停滞から比べると、 今はもう爆発した様な大転換だ。 それでいて、「グイン・サーガ」としての物足りなさは全く無い。 グインの巨大な身体の、鋼の様な筋肉の、聡明極まる頭の、素晴らしい剣技の、 そしてそのカリスマ的「正義」の魅力を全て描ききって、グインファンは もう満腹なのであった。実際p162辺りの壮大な未来図を一気に語らせても、 彼の口から出れば、それが重みのある真実の展開に聞こえてしまう・・・ 結局、このサーガで一番魅力的なのはグイン自身なのだ、と改めて感じた次第。 で、ついつい次の巻までの時間調整を忘れて読み急ぎ過ぎてしまいました。 ああ・・次はまだか・・・ああああ・・・ @@@@@@@@@@@@@@@@ [JUN] @@@@@@@@@@@@@@@@ (97/12/18)


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