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秋山瑞人


・目次
秋山瑞人「ミナミノミナミノ」
秋山瑞人「イリヤの空、UFOの夏 その4」
秋山瑞人「イリヤの空、UFOの夏 その3」
秋山瑞人「イリヤの空、UFOの夏 その1」「その2」
秋山瑞人「鉄(くろがね)コミュニケイション」
秋山瑞人「猫の地球儀」


秋山瑞人「ミナミノミナミノ」/電撃文庫/2005/01/25 作者あとがきに曰く 「アニメ化というのはもちろん大チャンスでありますから、どうせなら次のタマも  イリヤっぽい話にしてアニメのタイミングにぶつけましょう、みたいな」 みたいな。確かに、「イリヤっぽい」話。 うーん、いや、面白い。勿論面白いよ。この語り口、この熱、熱量、読者の膚に 吹き付けてくるジリジリとした熱気は全く秋山。でも、なんか……こう、「急造」 の匂いがあるかなーと。作者の人、ここ描きたかったんでしょう!というのが、 (他の作品に比べると)薄い。いや他の作品が「俺はここが描きたかったのよ!」 というシーン「だけ」で出来ている物凄さがあって。それを求めると、何かね。 読んでいて、感情の高ぶりのあまり文庫を部屋の隅に放り投げて叫んでみたり、 顔を覆って恥ずかしさに耐えたり、さめざめと泣いてみたり、という事もなく (イリヤでは全部やった)あっさりと読み終わってしまった……、いや、そうでも ないな。今作にもちゃんと読者の心に切り込む特徴はある。例えばそれは主人公の 「処世術」に関する部分。 「「お客さん」でいるうちはだめなのだ、最後の最後で打ち解けさせては  くれないのだ。」(p84) とか 「人付き合いというものはものすごくリアルな西部劇みたいなもの」(p186) とか、主人公の転校経験の多さから来るとされる「処世術」の下りが沢山出て くるんだけど、そういうのが自分には決定的に欠如しているなー、と思う人間には 結構グサグサ来た。僕はもう何年もいる部署でさえ「お客さん」めいた生き方を しているのでね。昔からどこに行ってもそうだった。自分の気の合う仲間としか ツルめない。今もだ。ああ、俺は。生きるのが下手だ。だめだ。みたいな事を ぐるぐる考えさせられる。いやしかしこの作者のこの辺の「視点」はどこから 来るのか。経験か?単なる手法か?この、何事につけてもうまいやり方があり、 スキルがあり、それを身につけるメソッドが存在しているのだ、プロとはそれを 知っている、ということだ、という様な感覚。 ……いや、だからさ!(いきなりスネークマンショー的に)僕はイリヤの2巻や 猫の地球儀みたいのをまた読みたい訳でさ!もっと、こう……追いつめてくれ! もっと俺を恥ずかしさと気まずさと切なさで焦がしてくれ!あのドロドロとした、 マゾヒスティックな快楽を!! みたいな部分があって。結局、まだ物足りない。一度強い刺激になれてしまうと ダメね……EGでも読み返すか。 相変わらず無防備な女の子のドキドキショットは上手い。p215からのお風呂で ドッキリな肉体描写が!激しくドキドキする!ていうかお前胸ばっか見てるな! カメラさんもっとしt(すいませんホント) ラスト、空飛ぶ漁船をボンヤリ眺めつつ、何よそんな所でオチるの?ムリョウ? むしろナディア?ツンデレ?そういや主人公の世慣れた感じや、未熟な癖に処世術 だけは一人前な所なんかはとてもジャンっぽい?とか思う。あとキャラ表で グリシャンが奈良シカマルだったので、ブタンマンは当然チョウジだと思われた。 こうやって「先の予想が立ちそう」なヒキで続かれると、いやまて秋山だぜ、そんな 予想通りの球が来るわけない、と、ちょっと期待も(まだ)してしまう。物語の 途上じゃなく、ラストに興奮や感動の重点がくる秋山作品、になるかも知れない。 とりあえず続きを!そんであとは早く猫ミサイルの話とか書いてください! @@@@@@@@@@@@@@@@ [JUN] @@@@@@@@@@@@@@@@ (2005/07/22)
ISBN4-8402-2431-5 秋山瑞人「イリヤの空、UFOの夏 その4」/電撃文庫/2003/08/25 それでも、やっぱり今年の一番といえばこれかなあ、と思う。 読み返して、やっぱタダモノじゃない、尋常じゃないなあ、と。 作品そのものの持つ「熱」の量が、僕にそう言わせる。 何より嘘がない。嘘がないから、こんなに酷い話になってしまう。 美しさの欠片もない、酷い、むごい話だ。大人は汚いよ、っていう。 そんで「大人は汚いよ」って逃げる子供がまた汚い。ドントラストエニワン。 オーバーサーティーもアンダーサーティも関係なし。世界は利用する側と利用される 側に別れているのだ。当たり前だが。そして(当たり前だが)、弱いと言うこと、 無知だということは、罪だ。 「子犬作戦」 まあ気付く人は気付いてたんだろうけど、僕はわりとセンスオブワンダーというか 「ああ、そうか、そういうことか!」みたいな感じで、なかなか。おもしろかった です。……おもしろかった?あるのは圧倒的な絶望だけだ。いや、絶望は最初から ずっとあった。最後まで。 兎に角もう、なんかつらいなあ、つらかったなあ>浅羽、という感じ。 読み返してると、こう、伊里野に代表される「周囲」に「男として」試され続け、 その都度自分の無力を痛感させられ続けて、結局は蛮勇を振り絞ってみたけど、 ちょっと引いて見たら結局「利用」されただけ、みたいな。男の悲哀だよな。 ブルブル震えながら勇気を振り絞り、敗走の時間を少しでも伸ばそうと、痛々しい 決断を繰り返す。どれだけ痛みを繰り返したら、他人を守れる様な「大人」に なれるのだろう。古人曰く、答えは風の中。 ま、彼は彼の全存在をかけて、「世界を救った」のだ、ろう。 その「世界」の風呂敷を広げてく腕前がホントに気持ちよかったから、そのままの ベクトルでどんどん「展開」していくかなあ、と期待してしまってたのがいけな かったか。逃避行の下りでちょっと「あら?」な感じになっちゃって、あらあら あら、という感じでラスト。なんじゃこりゃ、という気分。 作品世界の基本にある「戦時下」ってのは「二人を引き裂く状況」であり、つまり 「厳しい世間」を過剰に描写する、その為の設定だ、というのはまあ最初からの 目算だったんだろうけど、でも「それだけ」じゃなあ。ここまで見せておいて、 そりゃなかろうよ、と。どうしてもこの二人より「世界」の方に興味が行ってしまう。 特に3巻の「水前寺応答せよ」p207「245ひく169はいくつだ?」から始まる 「統合戦争」「北方動乱」そして水前寺は何を見たのか…… まあ最初の勢いだと、この巻数では絶対終わらなかったろう、とも思う。 ああ、でもどれだけの読者が「これ」で満足してるかってのは気になるところ…… 満足してねえー。水前寺の記憶とか、あんまり描き過ぎると「宇宙人と戦争してる 人類」っていう秋山的未来史にディティールが加わってしまってまずいのかしら。 何となく対宇宙人戦は終わってなさそうだし……そもそもその辺が全然見えない、 見せてない感じ。これがまたもどかしい。いや、万能先輩・水前寺というキャラを この後一体どう使うのかと思っていたら、結局こんな有様で。描かないことで語る、 見せない事で匂わせる、っていう手法にしてはあまりにも乱雑な様に見える。 こいつが走り出すと全てを白日の下にさらされてしまう危険があるから、作者 自身が口を封じた様にさえ見えるのだ。 そして、このどうしようもなく突き放した終幕。さっきまで主人公だった少年が、 風景の一部にまで落とされてしまう様な。無力な個人が見た夏休みの夢、それに 対する一方的な決別、その残された者の情けなさ、どうしようもなさこそは秋山、 という事なのかもしれない。所詮ガキは無力でちっぽけでダメダメなんだよ、と。 あの執着の無さ(あきらめ)が異常にリアルで、たまらない。この辺岩本隆雄成分を もう少し入れてもいいんじゃないかと思う。二人はその後末永く幸せに暮らしました、 めでたしめでたし。いやまあこれでホントに伊里野と南の島で、みたいなラストは、 でもどう考えても嘘だから、こうならざるを得なかったんだろうとは思う。が。あー。 いや、ホント、嘘が(ご都合主義展開が)描けない人なんだろうなあとか思う。 根拠はないけど、最初に「子犬作戦」の軸を思いついたんじゃないかと思う。 どれだけ「仕方なく」少年少女を辛い状況に放り込めるかという。「合法的」に いじめ倒せるかという。その作戦に対して真正直に肉付けしたらこんな事に、とか そう言う事なんじゃないかなあ。嘘がつけないから、ラストはあっけなく、美しくは ないし、後味も決して良くない。それはもう、そういう作風だから仕方ないのだと。 正直、もっと両者が食い込んでから引き剥がした方が、読者のマゾ的な快感(所謂 「泣けた」度)は高まったんじゃないかと思う。また「それ」を期待してもいた。 もっとベタでいいんじゃないか?もっと人間的に、もっとかわいらしく、もっと こう、伊里野を「頬を赤らめて恥じらう」様なキャラクターにしてから、浅羽を 伊里野の保護者ではなく、或いは浅羽を伊里野の子犬ではなく、対等な「男女の」 関係にしてからでも、良かったんじゃないか?正直、性的な描写に至らなかった のは浅羽のヘタレ具合が全てなんだけど、いや、そのヘタレな感じが凄く解るから、 辛い。つらすぎる。異常な状況で、自分が正しい、と思ってきた事を貫く中で、 どうしても気がゆるむ瞬間はある。そこに魔が潜む。人は弱い。 あー。所詮ガキの恋愛は青春の思い出の一頁よってな事ですか先生。いや全くその 通り!生き残った奴だけが思い出を美化して語れ! いや、正直伊里野崩壊に到るまで、性的な関係が全く描かれないまま終わった訳で、 じゃあ伊里野って浅羽にとって何だったのか(いや、浅羽が伊里野にとってどれだけ 大切だったか、って事の方が「人類にとっては」重要だったんだろうけど)って事に ならないか。この年で、好きな女の子連れ歩いて、でも延々保護者だもんなあ。 挙げ句にアレじゃあ、もう面倒になるのは解りすぎる位解る。いや、わかるよ、その 「伊里野に辛い思いをさせたくない」というその一心。でもそれではあまりに最初 から負け戦だ。辛い恋だ。ダバ・マイロードだ。ああ!これが恋なのか! 伊里野崩壊のキーを引く、吉野のキャラ造形には(唯一)ゾクリとさせられた。 自己語りの、あの「いたたまれなさ」とか、グスグスと突き刺さる感じ。唯一、と 書いたが、ホント、この巻を読んでいて、背筋がゾクゾクするシーンはこれと 「子犬作戦」の下り以外一つも無かった。背筋ゾクゾクが全てだと思い込んでいる センスオブワンダー至上主義者としては、この作品の全ては、あの「UFOとダンス」に 尽きたなあ、と思うのだった。今読み返してもゾクリとする。初読時の、あの異常な までの高揚感が全て、かも知れない。それで良い、のかも、知れない。 いや、あんなに(全身に震えが走るほど)感動したのは、数年来無かったことだった。 ……でも、やっぱ、このラスト、全然物足りないですすいません。いや、何か、 雰囲気が、空気が、「まだ終わってない」て言ってる感じが。浅羽的にはすっかり 思い出変換終了、気分転換完了して「終わった」気でいるみたいだけど、作品世界 の空気は全然終わりを迎えていない感じ。子犬作戦の成功で手駒を失ったから、 仕切直し、なのかもなー、という感触。 七年後、宇宙人の支配下で虐げられた生活を送る浅羽の前に、物乞いの恰好を したイリヤ(もの凄いいい女に成長)が現れて、トンファーで宇宙人をなぎ倒す 所から「後半」が始まったり @@@@@@@@@@@@@@@@ [JUN] @@@@@@@@@@@@@@@@ (2003/11/10)
ISBN4-8402-2173-1 秋山瑞人「イリヤの空、UFOの夏 その3」/電撃文庫/2002/09/25 主人公とヒロインは、闇に向かって走り始める。盗んだバイクで。 イラストに騙されてはいけない。 薄氷の上で展開する青春風景に騙されてはいけない。 いや、誰も騙されてはいなかったろう。作者はその青春賛美の後ろに控える「闇」 を意図的に描いていた。僕らは1,2巻を読みながら彼等の甘酸っぱい日々に酔い、 「鼻血萌えー」などと叫んでいたが、勿論その先に待つ酷薄な、酸鼻極まる 「世界」を充分感知していた。 「それ」について語らせないだけの明度に目を眩ませているうちに、ジェット コースターが、カタンカタンと位置エネルギーの頂点まで上り詰め、さあこれから 落ちよう(いや、まだ頂点には達してない気もするが、巻数に関する当初の噂を 信じるなら)という所。 正直「もう少し我慢できなかったのか」という気分も無いではない。引っぱれば 引っぱるほど、カタルシスは……そうでもないか。これから楽しくなりそう、って 所で蹴倒すのが良いのかな。 SFだけが戦争を描き続けた、という。SFファンは戦争には慣れっこの筈だ。 でも、この人の描く戦争っていうのは、何て言うか……この手触りは、 プライベート・ライアンの冒頭15分のアレに近い。新鮮な痛さ。体に食い込む 金属の感触がリアルに感じられる様な。或いは、自分で自分の肉を切り刻む感触。 こういう所、作者の本性は「E.G.」と何ら変わっていない。 てゆーか、E.G.なのかこれも。何せ「北」って言われる敵の正体は…… 然し毎度毎度この吸着力というか、活字を追わずにいられない感じにする力は 凄まじい。ラーメン屋でラーメン食いながら読み始めたら、数行読んだだけで まわりの喧噪が知覚から消え去るのが「体感」出来たよ。面白い程。活字から ばりばりと目を剥がすと、ぶわっとまわりの状況が立ち上がってくる様な。 何なんだろうこれ。萌えーとかそういうんじゃないけど、目が離せない。 兎に角「巧い」。今読み返していて、演出のマメさに感心する。読者を丁寧に 「乗せ」ていく仕掛けの数々。このマメさは何だ。粗いんだけどマメというか。 世界観、というか、所謂「構成」には相変わらずぼそぼそと穴が空いてる感じは するけど、読者の感情コントロールはマメなタイプ。 実際、最終兵器彼女だし、「ありがち」に見えてしまう。見えてしまうんだ、けど それらとこの作者の間には、途轍もなく大きな断絶が有る気がする。要するに、 オチが何処へ向かうのか、それが気になって。この作者の持つ、「ありがち」を 超えた所にあるネタの引き出しには、とんでもないものが収まっている気がする。 だってホラ、もう全滅オチは使えない訳で。黄色い液体も駄目だろうし。 うーん。楽しみだ。 @@@@@@@@@@@@@@@@ [JUN] @@@@@@@@@@@@@@@@ (02/09/20)
ISBN4-8402-1973-7 秋山瑞人「イリヤの空、UFOの夏 その1」/電撃文庫/2001/10/25     「イリヤの空、UFOの夏 その2」/電撃文庫/2001/11/25 読むのは完結してからにしようと思っていたのだ。 「E.G.」でどれだけ苦しんだか知れない身としては。 でも、某氏の書評ページを読んでしまって、挫折した。読んでしまった。 ドのつくSFラブコメ。作者自身、この作品を「UFO綾波」と呼んでいたそうだが、 つまりは綾波(みたいな女の子)やアスカ(みたいな女の子)がシンジ的主人公に 絡んだりして、それを加持さんやミサトが見つめているという様な。 彼等の祝祭的な「中学生活」の後ろには、作者特有の「絶望的な未来観」が 控えている。若者達の「日常」を守るために無慮大数の大人が命をかけている (らしい)世界。何かが始まるかも知れない、今送っている生活はある日突然 跡形もなく消え去るかも知れない。「何となく」そういう状況が通底音の様に 流れていて、それが「日常」でありながら、何処か浮遊感のある「毎日」を 描き出している。ただでさえ文化祭前の中学生の毎日なんてのは浮き足立ってる モノなのに…… いや、もう、真面目な感想は誰かがやってるだろうし、キャラ萌え話は これからも出来そうだし、兎に角今のモヤモヤした状態をそのまま記録して おこう。のがあーっとな。 兎に角読み終わるまでに何度本を放り投げたか知れない。 叫びながら。 痛さ抜群。 実際読んでいた一週間程の間、精神状態が恐ろしく不安定になってしまって、 飲み屋で婦女子相手にあらぬ事を口走ってみたり、結構やばかった。 いやー、なんか、何なんだろう、やっぱ凄いわ。この作者。 脳味噌丸ごと手洗いされてるよーな。今まで眠っていた感情がツボを圧されて 蘇る。でもまあ部活動だ文化祭だと、少年小説をこなしつつ、外面はSFっぽい けどセンスオブワンダーな描写は割と薄いよな、と気を抜いていたらラストの UFOとダンス。キターーッ!という感じ。あまりに卑怯だ。勘弁してくれ。 然しホント、本なんか読んでる場合じゃない、なかった、んだよなあ。 中高生の頃、ホント、俺ぁ、バカだった!否、今もだ! SF読むヒマがあったら、アニメ見るヒマがあったら、Webページ更新するヒマが あったら、もっと他にやることがあったろうが! 今もそうだけど、あの頃も「俺が俺が俺が!」で自分以外何一つ見てなかった。 如何に「ヲ」に逃げていい加減にやり過ごした事の多かったことか。 この「イリヤ」を読みながら、何度頭を壁にぶつけようと思ったか知れない。 「ああ!俺こんなん読んでる場合じゃない!今すぐ文化祭やんなきゃ!  部活やんなきゃ!下駄箱あけなきゃ!夜のプールに忍び込まなきゃ!」 全ては、もう取り返しがつかない。 と、まあそういう身悶え気分を満喫した一週間でした。いやー、これだから 小説読むのは止めらんないよ(という内向きなオチで落ち切れない今の心境を、 しかし、数日後には受け入れているだろう)。 いやもう、文化祭の描写力は「青春デンデケデケデケ」にも勝とも劣らず。 ビューティフルドリーマーの様に達観した「文化祭」ではなく、田舎の学校の 地域ぐるみのバカ騒ぎに心底浸れ。 つーかイリヤ!鼻血!カエル!萌えー。 鼻血はあかんよなー。鼻血は。えろい。 でもその鼻血の向こうに有る設定、その過酷さ、残酷さは本当にこの作者の 趣味、と言うのはアレだけど、特性が出てるよなーと思う。 底なしの恐怖の上に浮かんでいる薄氷の如き「楽しい毎日」。 まだ連載は続いている様だ。どういうラストが用意されているのか知らないが、 多分まるっきりのハッピーエンドにはなり得ないだろう。そして僕は最早、その 「残酷なラスト」を期待してさえいる。 案外フツーのハッピーエンドかも知れないけどね。 ・いやホント、このページ読んでる学生諸君(いるのか)、拙者のよーな負け犬 人生を歩まない為に、恋せよ!肩に手を回せ!ちゅーをしろちゅーを! @@@@@@@@@@@@@@@@ [JUN] @@@@@@@@@@@@@@@@ (02/02/17)
秋山瑞人「鉄(くろがね)コミュニケイション」/電撃文庫               (原作/たくま朋正・かとうひでお)                      1.ハルカとイーヴァ/1998/10/25                        2.チェスゲーム/1999/03/25 「E.G.」でハマって「猫」で泣いて、とうとうここまで辿り着いた。 で。 うーん。どうなんでしょう。どうなんだろ。泣けなかったのは確か。 涙腺ピクリともせず。 「秋山にしてこれか?」という感想。山盛りの先入観かかえて突入したんだから 肩すかしを食らうのもむべなるかなという所なんだけど、それにしたって、ねえ。 アニメはイマイチだった、と言えよう。まあ好みは人それぞれだとは思うけれど。 キャラデザで吐いたからなあワタシ。作品の出来も(あの頃の)WOWOWアニメの 悪いところをごった煮にした様な感触で、兎に角見られたもんじゃなかった。大谷 育江が出てなかったら後半見なかったね(見てたんかい)。 ただ、設定のいびつさ(救いようの無さ、物語の作りにくさ、視聴者の入りにくさ) こそは秋山世界だと想った訳ですよ。これなら秋山節が冴え渡るに違いない。ガスっと 料理してくれるに違いない!!!!でもダメでしたー、みたいな。 やっぱ根の設定が辛すぎたか。作品世界に魅力が無さ過ぎた。これは「猫」とは全く 対称的。魅力たっぷりの作品世界を描く腕力、ってのがこの作家の最大の魅力だと 思うワタシとしては、この世界は寒すぎた。たとい永遠の夏であっても。 滅びるしか無い設定ってのがねえ。夢がないし。だってハルカって「最後の子供」 な訳じゃないですか新井素子調に言うと(ってまだ引っ張ってるのかあんた)。 それだけでもうダメ。別に子孫を残すこととか文化を維持することとか、そう言う のに人間の生きている意味があるなんて言いませんけど、でもそういうのが無いと ただ生きて老いて死ぬのってどうなん。見つめると死んじゃわないか?とかもー 兎に角作品の底に流れる絶望感にうちのめされて、辛かった。キャラに感情移入が これっぽっちも出来なかったし。 いや、キャラ(ロボ)の描かれ無さは強烈。作者の「ロボは所詮ロボ」という 立ち位置が影響しているかも知れないとか思ったけど、唯一の人間にして主人公の ハルカさえどーにも愛情が注がれてない感じだったしなあ。うーん。イーヴァに 至ってはもう何が何やら。矢っ張りそぎ落とせる所はそぎ落として、ポイントを 定めて描かないとなかなか難しいよな。 「ロボは所詮ロボ」っていう意識のは自分の中では大きいんだな、と再確認したり。 ロボならダメだけど猫(知性化した)なら信用出来る。人間だって信用できないのに 何を根拠にとか思いますけど、ワタシの脳はそういう判断キーで動いてる見たい。 いやグラッグとかオットーまで行けば別なんだけど、この作品に出てくるような 素子でできたっぽいロボはダメ。今回の犬の脳で出来たメカはOK・・・か? その辺は微妙。結局「ゴースト」の有無って事になるわけで、その辺シロマサは 本当に何十手先も読んであの世界を築いたんだなとかいう話は兎も角。そう言えば 「ロボットは好意で微笑むのではなく、プログラムで笑う」ってのはシロマサに 刷り込まれた事だった様な気がする。「最近は人間もそう」。 多分フリスビーとか犬の忠誠とかラストシーンの麦畑とかで泣かせようとしたんだと 思うんだ。思うんだけど。でもダメでした。やっぱ読者としてスレちゃってるのか ねえ。その分意表を突く展開には弱いんだけどさ。 ・・・ああ、好きな作家ほど、期待しないで読むのって、難しいよねえ・・・・ @@@@@@@@@@@@@@@@ [JUN] @@@@@@@@@@@@@@@@ (00/06/22)
秋山瑞人「猫の地球儀 焔の章」/電撃文庫/2000/01/25 秋山瑞人「猫の地球儀 その2 幽の章」/電撃文庫/2000/04/25 軌道上に浮かぶ円筒形の人工島、「トルク」。 それを作り上げた人間達が死滅した後、この暗い世界には「猫」が繁殖していた。 猫、と言っても、額に「電波ヒゲ」を持つ、恐らくは航法支援か何かの為に 知性化されたであろう、高度な知性を持っている「猫」だ。 黴とゴキブリと鼠と猫が、気密漏れや伝染病を越えて奇跡的に生態系を保っている この閉鎖空間で、彼ら「猫」達は「天使(人間)」達の残したロボットをその 「電波ヒゲ」で操りつつ、ごくごく庶民的に「子を産み、育て、そして死んで」 世代交代を続けてきたのである。 この極限の世界で、猫達は「トルク」を中心とした独自の宇宙観を作り上げてきた。 彼らにとって、地球は、死んだ者の魂が「昇天して」行く「地球儀」である。 常に破滅と隣り合わせの世界であるが故に、「トルク」の「外側」を意識する者は 異端とされ、特に「地球儀」へ生きたまま行こうとする者は「スカイウォーカー」 と呼ばれ、見つけ次第惨殺されてきた。それでも、スカイウォーカーはその知識を 後の世代に残し、その資料はまた次のスカイウォーカーが生まれるのを待つのだった。 これは、その「スカイウォーカー」の37代目、幽(かすか)の物語である。 いやー、久々に「SF魂」の部分で泣いた。電波で泣いたよ。 「E.G.コンバット」でその力量(と偏り)は嫌と言うほど思い知らされていた 秋山作品だけど、この「猫の地球儀」は「E.G.」に比べれば(まだ)バランスの 取れた良い作品になっていたと思う。兎に角「設定」が抜きん出て巧い。SF最大の 魅力の一つである(変な日本語)「作品世界観光」、その意味でこの作品に描かれる 「トルク」世界の何と魅力的なことか。またそこで生きる猫達の何と魅力的なことか。 スパイラルダイブ(ロボットを操る喧嘩)の高速戦闘の描写は如何にも秋山、という 感じで魅力たっぷりだったし、スパイラルダイバー、焔(ほむら)の「戦士」としての キャラ造形や、スカイウォーカー、幽(かすか)の生い立ちの設定の巧さ、そして マスコットキャラたる楽(かぐら)のあの愛らしさ(幽との大気圏突入模擬訓練 シーンとか、シャボン玉ではしゃいでるシーンとか、もう今読むと涙が出そうになる) なんかはそれだけで正直涙ものだった。 ・・・んだけど、それらを越えて、この作品の「物語」の力に胸打たれたワタシ。 今この時代にあって、まだこれだけの「物語」がSFから生み出されるとは。 あとがきからこの作品の「主題」(みたいなもの)を引くと− 「 ものすごく余裕のない社会に生まれてしまったものすごい天才が、その社会の  価値観と真っ向ぶつかるような夢を追いかけようとすれば、その周囲には迷惑を  被ったり不幸になったりする人が必ず出てきます。   それでも、その天才は前に進むのか。   この本は、そういうお話です。」                         (「焔の章」p250あとがき) 「その目的のためなら何でもする。あきらめることなんて死ぬまでできない。  「限界への夢」というのは、そのくらい強烈で、業の深いものだと思うです。」                         (「幽の章」p259あとがき) 他者の人生を犠牲にしてまで「知りたい」という欲求を満たさなければ居られない。 自分の人生に対する理想も、社会を斯くある様にしたいという思想もない。有るのは ただ、真実に近づきたい一心。その一心は、世界をさえ滅ぼしかねない・・・ 成程「好奇心は猫をも殺す」訳だ。 それでも、それでも知りたいのか。それでも行くのか。そんなにも業の深いもの なのか。自分一人ではとても背負いきれない様な不幸をまき散らして、それでも 真実に近付きたいのか・・・ 幽のあまりと言えばあまりな生き様に、それでも共感を覚えてしまうのは、自分の 中のどこかに、彼の様な「好奇心に焼き殺されてもいい」とする部分があるから なんだろうな・・・だから、(いろいろ考えたけど)このラストはコレで良いんだ。 そう思う。思うことにする。 ・・・うーん、違う、違うなあ。この作品の魅力はこの「主題」じゃ説明出来ない。 矢っ張り個人的にはこの「トルク」世界の描写にこそ魅力を感じてたんだよ。 SFとしてさ。あと楽の愛らしさとね・・・ああそうだよ、どうせ俺は設定萌えで メス幼猫萌えでメカ戦闘萌えで読んでたよ!クリスマス萌えだよ!悪いか!? ああん?・・・って開き直ってどうする。でもそれも本当。楽のあの胸が痛くなる 様な愛らしさたるや・・・うああああ。 兎に角、面白くて、興奮して、泣けた。・・・読めばわかるよ。 コシマキのアオリ文、「暖かくて おかしくて 涙が止まらない」は嘘じゃない。 読んで泣け! ・・・またこの世界を舞台にして別の物語が語られる事を期待しつつ @@@@@@@@@@@@@@@@ [JUN] @@@@@@@@@@@@@@@@ (00/05/08)

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